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診察①

俺はかなり緊張していた。 競合社とのプレゼンでも、こんなに心臓が飛び出そうなことはなかったのに。 信号待ちで停車した時、黒曜さんが心配そうに声を掛けてきた。 「…輝?」 黙って、自然と潤んできた目で見つめると、頭をくしゃくしゃと撫でられ 「大丈夫だから。」 と、優しく手を握られた。 大きくて温かな手…そこからじわりと全身に温かさが戻ってくる。 大きく深呼吸して、そこに左手を重ねた。 「あ、あそこだよ。」 ノーチェックで入った村の商店街の中に、一際大きな建物があった。 入口に一番近い区画に車を滑り込ませると、すぐに助手席のドアを開けに来てくれた。 「病人じゃないんだから…」 「でも、俺の奥さんだから。」 きっぱりと告げる黒曜さんを頼もしく思いながら、自動ドアに向かう。 本当にここ、病院? そう思う程に、中は閑散として、ゆったりとした人の動きに驚いた。 「人狼はね、自然治癒力が高いから、滅多に医者の世話にならないんだよ。 でも最近は、人間との血の交わりが深いから、そのぶん力も薄くなってきて。 結局、病院通いをする人狼も増えてきてるんだって。 あ…受付…ここだな。」 黒曜さんは俺に説明しながら、テキパキと受付を済ませてくれた。 「輝…一応、産婦人科だって。 輝のお父さんと園長先生が名刺を下さってたから、それ出したら滅茶苦茶対応がスムーズだったよ。 さあ、行こうか。」 俺はあれこれと手際の良い夫を頼もしく思いながら、差し伸べられた手をそっと掴んで、産婦人科へ向かった。

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