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雨降る夜⑤
静かにクラッシックが流れる店内は仄暗く、ランプの柔らかなオレンジ色で照らされていた。
それがこのお店の雰囲気にしっくりと合って、落ち着いた穏やかな空気を醸し出していた。
「今夜はね、須崎さんのご依頼で奥様のために貸切なんですよ。
ですからどうぞ気兼ねなくごゆっくりなさって下さいね!」
「え!?貸切!?黒曜さん…ホントに???」
照れ臭そうに頭を掻いた黒曜さんは
「だって、初めてのデートだから。」
と恥ずかしそうに呟いた。
さあ、どうぞ と勧められた席には、二人分のグラスとカラトリーがセットされ、周りを見渡すと、他のテーブルにはランプ以外何もなかった。
本当に俺達二人だけのためのディナータイムだった。
「…黒曜さん…」
小さな声で呼んだ。
「ん?どうしたの?」
「ね、こんな、貸切なんて…いいの?
一体どの位かかったの?何も貸切にしなくても」
俺の抗議を遮るように、黒曜さんは
「感謝と愛情と。労いの意味も込めて。
こんな、のんびりすることなんてないだろ?
ましてや、あんなことがあったんだ。
少しでも輝にゆったりとした時間を過ごしてほしかったんだ。
少しは俺のワガママも聞いて。」
悪戯っ子のように屈託のない笑顔の黒曜さんに、もう、お手上げだった。
「…分かりました。初めてのデートですから…
満喫させていただきます。
ありがとう、黒曜さん。」
頃合いを見計らったようにオーナーさんが現れた。
「須崎さんは運転手ですし、お二人ともノンアルコールで…ペリエ・オレンジのアペリティフです。」
ありがとう…とお礼を言って
「「乾杯!!」」
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