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はじまりのうた

「誕生日おめでとう」 コイツにそう言われるのは二回目だ。 目の前に並んだ手料理は去年より量もレベルもアップしていて、無心に頬張る俺を優介はとても嬉しそうに眺めていた。 「せっかく同い年になったと思ったのに、またなっちゃんが先輩だね」 食後のバースデーケーキを食べながらそう言われ、そういえば自分のほうが一つ年上だということを思い出す。 「同学年なんだから、大学入ったらそんなのあんまり関係ねえだろ」 「まぁそうなんだけど。‥もしなっちゃんと俺が高校のときに出会ってたら、先輩後輩だったんだよね」 「まあ、そうなるな‥って、なんでニヤけてんだよ」 優介があさっての方向を向いてニヤニヤしているのは、大抵くだらない妄想をしているとき。そして最近、その妄想をご丁寧に俺に披露してくれるのだ。 「あれかな、やっぱり運動部の先輩後輩で誰もいない部室でチューとかしちゃうやつ?」 「俺帰宅部だったけどな」 「じゃあ放課後の音楽室で儚げにピアノを弾いてるなっちゃんを偶然通りかかった俺が見かけて恋に落ちちゃうとか」 「俺ピアノなんて弾けねえぞ」 「じゃあじゃあ!なっちゃん生徒会長で俺は不良!」 「雑!!つーかお前、どんだけ妄想のストックあんだよ」 「無限に!なっちゃん何かない?!」 「ねえよ!」 前のめって期待の眼差しを向けてくる優介にツッコミを入れ、呆れ気味にため息を溢す。優介の妄想癖は今に始まったことではないが、日に日に激しさを増している気がする。 ‥にしても。妄想って楽しいのか?優介のおかげで俺の想像力もだいぶ鍛えられた‥と思うから、試しに‥なんて。「ちょっと待て」と優介を静止して、俺はうーんと唸りながら必死にシチュエーションを考える。‥つっても、俺の高校時代の思い出と言ったら空手くらいしか‥‥‥ 「あ」 「思いついた??」 「空手道場に乗り込んできた後輩が『俺が勝ったら付き合ってください!』とか言ってさ、結局すげえ弱くて先輩にボロ負けするやつ」 「負けてんじゃん!付き合えてないじゃん!」 「だって俺、お前に負ける気しねえもん」 「そこはフィクションで!お願いします!」 「必死だな」 「せめて妄想の中では強い男でいたい」 「‥‥ぷっ、あはは!」 もしもの話はあまり好きじゃないのだけれど、想像して、それを誰かと共有するのは結構楽しいもんだなと思わず声を出して笑ってしまった。 「なっちゃん笑いすぎだから!」 「ははっ、悪い悪い」 「どうせ俺は弱っちいですよー」 「わっ!」 不貞腐れている優介を見て更に大笑いすると、頭をワシャワシャと掻き乱される。こんなくだらないやり取りさえも、温かくて、心地よい。 「でもさ」 「ん?」 「出会ったのが大学じゃなくて、高校とか中学とか‥むしろ道ですれ違っただけでも、俺はきっとなっちゃんに恋してたと思うな」 「っ‥は?!」 相変わらずクサいセリフをさらりと言う。いつもふざけているくせに時々真剣な表情でこういうことを言うのは相変わらずで、いまだにリアクションに困ってしまう。 「さすがにすれ違っただけだと無理だろ」 「大丈夫、俺なっちゃんのこと大好きだもん!ほら、食パン咥えて走ってたら曲がり角でドーンみたいたな」 「少女漫画かっ!」 そうツッコむも、無意識に顔が緩んでいる自分に気づいて慌てて冷静を装った。 根拠のない自信は一体どこから来るのやら。 だけどコイツなら‥優介なら本当に、この広い世界の中から俺というちっぽけな存在を見つけ出してくれるかもしれない‥‥真っ直ぐな瞳を見ていたら、なんだか不思議とそう思えてしまった。 ‥それにこれは、‘見つけ出してほしい’という俺の願望も込みなわけで。 「じゃあ、今から言う大好きな先輩のお願いちゃんと聞けよー」 「えー!さっき大学だと先輩後輩関係ないって言ったじゃんー!」 「うるせえな」 「痛っ!」 ペちんと両手で頬を思いっきり叩き、頬に触れたまま優介を覗き込む。 「また来年も一緒に祝えよ、俺の誕生日」 「‥‥そのお願い、100点満点です」 「ぷっ‥なんだよそれ」 同じように頬に添えられた掌は今日も優しくて温かい。じっと見つめ合うのが恥ずかしくて、いつも俺の方から目を閉じてしまうんだけど、今日は少しだけ長く優介を見て、やっぱり好きだな、と思った。 キスをするほど、触れ合うほどその気持ちは大きくなって、俺の中は優介でいっぱいになっていく。ひねくれ者の俺はその気持ちを素直に伝えることができないのだけれど、 「えへへ、なっちゃん大好き」 優介はそんな俺を笑顔で受け入れてくれるんだ。 優介はかっこいい。大学でも人気者で、男女問わず周りに人が集まってくる。そんな優介はどういうわけか俺にベタ惚れで、ほんの少しだけ、いつも独り占めしている優越感に浸ってもいいのかな‥なんて思ってみたり。 「なっちゃん、今度制服デートしよっか」 「は?しねえよバーカ」 そして、こんな冗談みたいなことを真剣な顔で言う優介に俺は飽きることはなくて、きっといつまでも新鮮な気持ちでいられるんだろうなと思う。 「あ」 「なに?」 「フクちゃんとイッチーは学校でエッチな事してたのかな‥?」 「お前じゃねえんだから、そんな事考えないだろうな」 「‥ですよねー」 大笑いしながら過ぎていく、22歳の誕生日。 今年も楽しい一年になりそうだ。 おわり

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