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第3章第114話
俺はその日、会社帰りに病院へ寄った。
病室の前、ゆっくりと深呼吸して中へ入ると
朝陽は眠っている。俺は鞄を置いて
傍らに座ると伸びた黒髪が少し濡れている。
「お風呂許されたのかな……」
ずっと身体を拭くだけの日々。
もし入浴が許されたのなら喜ぶべき事。
「泣かせてごめんな……」
スヤスヤと眠る表情から幼さが
消えたのはいつだったか。
目が覚めない中でも朝陽の成長は
はっきりと目に見えた。金髪だった髪は
黒髪へと変わり、身長もグッと伸びて……。
なのに意識だけはなく……。
事故直後なにも手に着かなかった俺。
仕事は失敗ばかり。病院や自宅にいれば
泣くだけ……。担当医に強く当たる事もあった。
それでもようやく前を向けたのは事故から
四カ月目。もし意識が戻ったら、
一番の笑顔が見れるようにと。
「ん……」
眺めていた朝陽の目がゆっくりと開く。
「朝陽……」
俺の声に朝陽は目を擦ってこちら向く。
眠たそうな顔が一転、表情が曇った。
「朝陽、明日家に帰ろ」
目の前の顔は俺の言葉に戸惑いを見せた。
不安にさせているのは俺……だから。
「朝陽に見せたい物があるんだ。
それに話したい事もある。だから帰ろ」
「見せたい物?」
俺は頷いて朝陽を抱きしめた。
「帰ればわかる」
俺はそう言って朝陽の顔を見つめ
そっとキスをする。
「ごめんね、不安にさせて」
そう言うと朝陽は泣きそうな顔をした。
俺はベッドに腰を下ろして華奢な身体を抱き寄せる。
「ずっとこの日を待ってたんだから」
気が付くと泣いているのは自分で
朝陽は動揺していた。
「蒼空……?」
泣くつもりなんてなかったのに、
流れ出た涙は止まらず、俺は細い身体を
力いっぱい抱きしめて溢れ出す気持ちを
吐き出した。
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