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第3章第117話

朝陽side  蒼空の優しさに僅かな苦しさとホッとした感情とが入り混じる。   「朝陽、話さなくちゃいけない事が沢山あるんだ」  僕は蒼空の言葉に頷き涙を拭った。話す前にちゃんとしなきゃ。僕は線香一つ手に取り 仏壇に添え手を合わせた。どのくらい手を合わせていたろう。顔を上げると蒼空が優しく微笑んだ。 「ここじゃあれだからソファに戻ろう」  蒼空はそう言うと僕を軽々抱きかかえソファへと戻った。話す前に何か飲む? そう言われて僕はうんと頷いた。蒼空はコーヒーとジュースを持って僕の隣に座った。 なんだか緊張する。話ってなんだろう? 「何から話そうか……ごめんな俺も整理出来てなくて」  蒼空の言葉に僕はブンブンと首を横に振る。この二年何があったのか。この家はどうやって 建てたのか? それから……訊きたいことが山ほどあるのに僕もなにから訊けばいいのかわからない。 「朝陽、玄関の表札なにか気づいた?」 「え?」  表札……なにかあったろうか? 頭をフル回転しても分からない。 「朝陽の苗字なかったの気づかなかった?」  僕の苗字? そう言えばなかった気がするけど……。 「まずどうしてないかって事を話さないといけないけど、その前に言わなきゃいけない事がある」  言わないといけない事? 僕はゆっくり頷いて蒼空を見つめる。 「朝陽、その……一条さんの事……」  僕はその名前に身体を強張らせた。何故あの人の名前が蒼空から出で来るの。僕の表情は 一瞬にして固まり血の気が引いた。それは蒼空にも伝わったようで少し困った顔を覗かせた。 「朝陽の中であの人はまだ悪者だって分かっている。でも訊いて欲しい」  そう口にした蒼空の声はとても冷静で落ち着いていた。 「事故のあった後、俺はなんとか一条さんに連絡を取ったんだよ。どんな事情であれ 朝陽が事故に遭ったと言う事は伝えるべきだと思ったから」 「……」  蒼空の言っていることは理解出来る。でも頭が付いて行かない。僕の中ではあの日のままで 止まっている。 「あの人は直ぐに病院へ駆けつけたよ」  複雑な感情が入り混じる。訊きたくない。でも訊かないと……そんな気持ちが僕の中で葛藤する。 「一条さんはICUにいる朝陽を見て暫く呆然としていたよ」  あの日、僕だけじゃなく蒼空にまで酷い言葉を浴びせたあの人。二度と顔も見たくないと思った。 「暫くして、一条さんはその場に泣き崩れたんだ」  ギュっと手を握りしめて俯く僕は思わず顔を上げた。あの人が泣いた? そんなの嘘だ。 「信じられない? 本当だよ。俺の前であの人は泣き崩れたんだ」  僕は言葉を探すけれど何も出てこない。だってそんなの信じられないよ……。 僕たちを穢れたような目で見たあの人。今でもはっきり覚えている。 そんな人が泣くなんて……。

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