104 / 140

第3章第103話

考え事に夢中で仕事がいつの間にか 終っていた。先輩は 俺を心配そうに見ている。 「大丈夫?疲れているんじゃないのか?」 疲れていないと言ったら嘘になるが、 今は踏ん張り時。俺はパソコンを切ると 身支度をし、要さんと共に 地下駐車場まで下りる。 「今日、病院行くのか?」 「いえ、今日は帰ります」 最近では珍しくない会話。 本当、この人はいつも俺や朝陽を 気にかけてくれる。 「なら、たまには食事でもして行くか? 奢ってやるからさ」 お言葉に甘えてと言いたいところだが、 さすがに今日は帰らないと。 「そうしたいんですが、 今日は帰ります。 心愛にも餌やらないと…… あまり家にいられないから、 心愛も寂しいだろうし」 俺は車の前に立ち止まり、 ポケットからキーを取り出す。 「まあ、そうだな。じゃあまた今度。 あまり無理するなよ?」 「はい、また誘ってください」 互いに手を上げ、またと言って別れた後、 俺は帰路に着いた。 「ただいま」 そう言っても朝陽が 応えてくれるわけじゃない。 慣れたのはいつだったか。 けれど……代わりに奥の部屋から ミャーと鳴きながら擦り寄って来たのは、 すっかり成長した心愛。 「ただいま、いつもお利口だな心愛は」 俺は鞄を置くと、心愛を抱っこして 散々撫でまわす。留守がちな俺。 それでも声がすれば飛んでくる。 可愛いもう一人の家族だ。 きっと朝陽も会いたいだろう。 でも病院に心愛を連れては行けない。 あの日から俺はしている事がある。 心愛が朝陽を忘れないよう、 毎日、朝陽の写真を見せては心愛に 言い聞かせた。 もうすぐ、もうすぐ帰ってくるから……。 分かっているのかいないのか。 言葉は分からないけど、 心愛は必ずミャーと返事をする。 今日も可愛い心愛のワンショットを 撮り、その日は早めに就寝した。

ともだちにシェアしよう!