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第1章第26話

父の仏壇はリビングを隔てた 和室にある。僕は男性を案内すると 男性は無言のまま線香を上げ 手を合わせた。 僕はキッチンに行き コーヒーを淹れる。 一条と名乗る男性が 手を合わせていた時間は かなり長かったと思う。 線香の匂いが こちらに流れ始めた頃 ようやく目を開け僕を見た。 「コーヒーで良かったですか?」 男性は立ち上がり 「有難う……」 そう言ってソファに腰掛けた。 僕は少々戸惑ったが 向かい合わせに腰を下ろす。 「父の……知り合いですか?」 男性は一口コーヒーを口に運び カップを置いた。 「……お父さんとは1度だけ お会いした事がある……」 え?1度?父の知り合いじゃないのか? 「私は……君のお母さんを よく知っている……」 「え……」 母の知り合い…………。 それを訊いた瞬間、 僕の胸はざわつきだす。 僕の表情は一瞬で曇った。 思わず視線を逸らすと 男性は少し躊躇いがちに だがはっきりとこう言った。 「君を……引取りに来たんだ…… 実の父親として」 瞬間手にしていたカップが 僕の手から零れ落ちる。 父親────それだけが僕の頭を巡った。

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