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第1章第36話
蒼空side
自宅に戻りそう広くない
2DKの部屋を探し回ったが
氷浦の姿はなく
溜息混じりにテーブルに目をやれば
置いていったスマホと走り書きのメモが
無造作に置かれているのに気づいた。
メモに目を通し項垂れる俺の
足許を子猫が擦り寄り
ミャーミャーと鳴き声を上げる。
俺は深い溜息吐きながら
子猫を抱き上げようと腰を下ろすと
ポケットの中のもう1台のスマホが
ブーブーと振動する。
仕事中には邪魔だからと
音はバイブのまま。
ポケットから取り出し画面を見れば
知らない番号からの着信……。
「もしもし?」
「………………」
しかし相手は無言のまま。
電波が悪いのかと確認したが
そうではない様子。
悪戯か?そう思った時
微かに泣き声らしきものが耳に入る。
「……氷浦?」
まさか……そう思ったが
今の俺にはそれしか心当たりがない。
「氷浦だろ?泣いてるのか?」
携帯はない……そう言っていたけど……。
俺の問にまるで応えがなく
微かに聞こえる啜り泣き……。
「今何処?すぐ行くから教えて!」
少々声を荒らげたか……。
泣いている……そう思ったら
堪らなく胸が締め付けられ
焦りが声に出てしまう。
「喋れないならメールでも構わない」
「…………」
それでも応答がなく。
焦る気持ちを抑え耳を澄ますと
電話越しに電車の音……。
駅の近くか……。
電話をハンズフリーにし
急いで車に乗り込むと
「そこ動くなよ」
そう言って詳しい場所も
分からぬまま車を発進させると
消え入りそうな声で
「……た、けて」
事情なんか分からない。
ただ、今……泣いている。
その事実だけで
俺を突き動かすには充分だった。
「待ってろ!必ず行く」
俺の言葉に氷浦は
僅かに届く声で自分の居場所を告げ
電話は切れてしまった。
ここからなら10分程度……。
急ぎたい気持ちを必死に抑え
俺は車を走らせた。
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