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Der Vogel verlässt den Käfig
最初は、天使かと思った。
拾ってみたら、それは眩しい雛だった。
『ぼくを、ころして。殺して。お願い……』
ほとんど意識がない、吐息だけの呟き。
金のまつ毛から、涙が頬を伝っていた。
「──殺してなんかやらない。」
抱えた身体は枝のように細く、軽かった。
不揃いに切り落とされたイヴァンの髪を、不器用ながら肩に付かない程度の長さに揃える。まっすぐな髪は細く、光を含んで柔らかく揺れる。
鏡を見て目をぱちくりしながら、心底おかしそうに笑ったイヴァンにホッとしていた。
声が出ないことは、正直ほとんど気にならなかった。というのもこの雛は、その身体を目一杯使って、一生懸命に囀 るから。
ここへ来てからおよそひと月。
六つ歳の離れたイヴァンは、兄のように俺を慕って、何をするにも後ろを付いて回った。
森を歩く時も、畑を耕す時も、後ろを小走りに付いてくる足音。魚を採りに川に入った時は、流石に何度も振り返った。せせらぎに消されそうなイヴァンの気配が心許なくて、振り向くと好奇心に満ちた笑顔に安堵して、きょろきょろ辺りを見回す視線に思わず吹き出す。
イヴァンは本当に表情豊かだ。
気に入らなければむくれるし、何か失敗をすれば照れたように笑う。からかわれれば苛立ちを浮かべ、涙を金のまつ毛に乗せて俯くこともある。
ただ、夜に時折見せる、すっかり表情の抜け落ちた顔だけは、普段との差が大きすぎてぞっとした。
虚としか言えないその横顔は、背筋が凍るほど美しく、人形のように静謐で、今にも夢のように消えていきそうだから──恐ろしいと、思った。
「イヴァン、」
呼べば振り向く、グレーの瞳。
寝台の横に歩み寄り、膝をついて、閉じ込めるように抱きしめる。
「眠れない?」
──眠れないのは、俺の方。
ふ、と笑うような吐息の後で、返事の代わりに回される細い腕。少しだけ、気分が晴れる。
《いっしょに、ねてもいい?》
背中を軽く叩かれ、目を合わせると、ゆっくり唇に映る言葉。頷くと、イヴァンが少し端に寄り、出来た隙間に体を滑り込ませた。
大の男が二人も乗れば、堅牢な寝台も軋んだ音を立てる。イヴァンは、布団の中で手を広げた。
《おいで、ヨハネス》
金の髪は夜の中でも白く光り、慈愛に満ちたグレーの瞳が微笑んでいる。自然と口角が緩んで、イヴァンの体を抱き寄せた。
「お前がおいで、イヴァン」
くすぐったそうに、漏れる笑い声。
甘えているのは、どちらの方か。
失うのが怖いと、そう思う誰かがいる生活は、そんなに悪くはなかった。
「いつか、お前の声が聴きたい」
そう言葉がこぼれたのは、ほとんど無意識だった。
イヴァンは俺を見上げて目を見張った後、にこりと微笑む。
《うたってあげる。ねむれるように》
「そりゃますます眠らず聴いてるだろうな」
イヴァンが相手だと、無意識に心の内を、少しだけ大きく開いてしまう。
◆
俺は、この辺りの地主の長男に生まれ、大きな屋敷で両親と二人の姉、乳母や召使に囲まれて育った。
父は地主でもあり軍人でもあった。多忙を極め、あまり家に帰ることはなかったが、会えばいつも厳しく、そして優しい父だった。
俺は、そんな父の妾 の子。
本当の母の顔も名前も、全く知らない。
家の中では母や姉、乳母たち、たくさんの人に囲まれていたが、いつも孤独だった。
何もあからさまに暴力を振るわれたり、食事を抜かれたり、みすぼらしい服を着せられたりした訳ではない。きちんと整った生活を送らせてもらい、学校へも行かせてもらった。
──そう、させてもらっている。
普通の子どもが当たり前に享受できる愛情を、受け取らせてもらっている。
そんな後ろめたさを感じさせるように『家族』の目はどこか冷たい物だった。
大学に行って医学や林学を学び、姉の結婚が決まると同時に家を出た。
射竦めるような母の目から、影でヒソヒソと笑う侍女から、何も知らないような顔で笑う姉や父から、逃れて一人、自由に息を吸える場所が欲しかった。
何年も使っていない、山の中の別荘。ここはまだ、俺が真実を知らない子供の頃、避暑地としてよく訪れた場所だった。
姉たちと笑いあい、父とじゃれあっている姿を、母はどんな顔で眺めていただろうか。もう覚えてはいない。
今ではここで、籠を捨てた鳥が二羽、体を寄せ合って暮らしている。
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