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キスする理由(忍×葵)
「会長さん、これ何度やっても答えが出ません」
白い頬をピンクに染め、膨らませた葵が不満そうに俺をみつめてきた。俺の手で包み込んでしまえそうなサイズの手には青色のシャーペン。机には葵が悩んだあとがぎっしりと記されているノートが広げられている。
テスト前の放課後。会長室に顔を出した葵が、数学を教えてくれと言い出してから早30分。相も変わらず同じ問題に取り掛かっていた。
すぐにヒントを教えてやってもいい。でもそれは葵のためにならない。
そんなことを考えて答えを渋ったのは最初の5分だけ。すぐに解法も丁寧に教えてやったはずが、納得してはくれず未だに格闘してはこうして泣きついてくる。
もしこれが葵でなかったら、付き合ってやることなどせず部屋から閉め出すだろう。いや、まず第一に部屋に入れない。
「……もう、無理です」
「何を悩む必要があるんだ。答えも解法も教えてやって、それでまだ不満があるのか?」
ついに机に伏せてしまった葵に、俺もずっと閉じていた口を開いたが葵からは返事がない。カチカチとシャーペンを机にぶつける音だけがむなしく響く。
俺の教え方が悪かったのか?
今にも泣きそうな顔でシャーペンを睨む葵を見ると、そんな気弱な考えさえ浮かんでくる。悔しい思いがするが、それでも葵に対しては根気よく、とびきり甘い自分が実はそれほど嫌いではない。
分かってくれない葵に対してより、上手に導いてやれない自分に苛立つというのが俺の気持ちを如実に表しているだろう。
今まで自分が一番だった世界。
その中に飛び込んできた葵は、すぐに俺の中で易々と一番をとってしまった。
「葵?寝たのか?」
しばらく葵が復活するまでの間黙って待っていたが、シャーペンへ向けられていた葵の瞳が瞼に隠れてしまったのに気付いてすぐに声をかける。
が、ずっと机に向かっていた葵が寝付いてしまうのは早かった。
おそらく俺の元に来るまでにも散々この問題と格闘してきたのだろう。こうして寝られると全く葵の視界に入れない俺と違って、ずっと葵に相手にされてきた一題の問題が恨めしい。
「かいちょ、さん」
けれど、葵の唇が確かに俺を呼んだのが聞こえてくだらない嫉妬など消えてしまう。
どうして寝ているときはこんなにも妖艶に映るのか。白い肌によく映える唇。すぐに塞いでしまいたい衝動に駆られる。なかなか俺のものにならない葵。せめて今だけ。
もう一度その唇が俺を呼んだのを聞けば、耐えられるわけもない。葵の頬を優しく掴んでかろうじてキスできる角度に持ち込むと、そっと触れ合わせた。
あれだけ艶かしく見えた唇が、触れてみれば熱く、子供のようだと気付く、このギャップがたまらない。
そうだ。子供で照れ屋な葵のこと。キスが欲しくてもうまく誘えず、こんな回りくどい方法で俺を誘ったに違いない。勉強を教えてやった感謝の意も込められているかもしれない。可愛くて健気な奴だ。
俺が葵にキスする理由。
理由?そんなもの決まってる。誘いに乗らないのは男の恥。そうだろう?
キスしてやったというのになかなか起きない葵に、少しの疑問を抱きはしたが。
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