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キスする理由(遥×葵)

空になったカップが二つ。そしてそれを手に持つ葵ちゃんは泣きそうな顔をしている。 「おいしくなかった?」 僕が葵ちゃんのために作ったプリンの入れ物に間違いない。二つとも綺麗に中身がなくなっているところを見ると食べてくれたようだけど、いつもなら嬉しそうに感想を言ってくれるところが今日はそれがない。 何か変なものでも混ぜてしまったんじゃないか。 自分の腕は信じていたものの、一番喜ばせたい相手の舌を満足させてあげなければ職人として失格だ。不安になりながら尋ねると、予想だにしなかった答えが返ってきた。 「食べられちゃったの……プリン。ごめんなさい」 謝罪の言葉を口にした途端、目に涙が溜まり始めた葵ちゃんを見て早くも血管を通る血液の量が、勢いが、一気に増した気がする。 葵ちゃんの前だから、となんとか怒りをおさえ詳細を聞き出すと、どこの馬の骨とも知れない一年の双子共が勝手に食べてしまったらしい。僕が一番食べてほしかった葵ちゃんは、一口も食べれなかったということ。 これは許せない。許す気さえ起きない。今すぐにつるし上げて、不可能だろうがなんだろうが全て吐き出させてやりたい。二度とこんなことが出来ないように口を縫い合わせてやってもいい。胃ごと撤去してやろうか。 「遥さん……?」 「ん?プリンならまた作ってあげるから、そんな顔しなくてもいいよ。その聖くんと爽くんって子はおいしいって言ってくれた?」 「はいっ。すっごくおいしかったって」 そりゃ葵ちゃんに作ったものだから、僕の持つ最高の技術を注ぎ込んでるんだ。まずいわけがない。……なんてことは胸の中だけに吐き出して、葵ちゃんには笑顔で優しいお兄さんを演じてみせる。 葵ちゃんを騙してるだとかそんな気はない。優しいほうの僕も、冬耶に閻魔と評される僕も、どちらも本当の自分だと自負しているからね。 まだ食べられなかったことが後ろめたいのか、元気のない葵ちゃんのために今から代わりのデザートを作ってあげることにした。そう告げるとすぐに弾けた笑顔が咲いた。 プリンと、それからおまけに葵ちゃん好みの甘い生クリームを上に乗せてあげることにした。今はプリンを冷やしている間、生クリームを泡立てている最中。 僕が泡立てているのを見て興味を持ったのか、葵ちゃんもやってみたいと言い出した。たとえ親友といわれるような間柄の冬耶でも、そんな願いは聞いてやらない。僕は最初から最後まで自分の手で作りたい。邪魔にしか感じられない。 けれど葵ちゃんは特別。一緒に作る、共同作業なんて嬉しく思う。もちろん快く器具を手渡してやった。 「うあっ」 でも不慣れな葵ちゃん。うまく泡だて器が扱えず、白い生クリームが飛び散ってしまった。顔にまでかかってしまったのだけど、どこか葵ちゃんは嬉しそう。 「舐めても……いい、ですか?」 まるで子犬みたいにそう聞いてきた葵ちゃんに、首を振って制止をかけた。途端に寂しそうな顔になってしまう。 けど、僕が頬に飛んだクリームを指ですくって差し出してみればまた笑顔になって舌を覗かせた。数度繰り返して、葵ちゃんの頬や鼻先に飛んだクリームは皆なくなった。 最後にひとつだけ残して。 僕が葵ちゃんにキスする理由。 キス?違うよ。ただクリームを舐めただけ。

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