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第8回人気投票お礼(京介×葵)4

京介が再び目覚めたのは、乱暴に肩を揺すられたからだった。瞼を開ければ、そこには少し焦ったような母親の顔がある。ベッドサイドに置いた時計はまだ昼を過ぎた頃。 「葵ちゃん、倒れたって」 「……は?」 「今から迎えに行ってくるから。大人しくしてなさい」 そう告げるなり紗耶香は慌ただしく部屋を出て行った。しばらくして車のエンジン音が聞こえたから、本当に葵を迎えに行ったのだろう。 やはり自分の風邪が伝染ってしまったか。もう少しきつく突き放せばよかった。今更反省してもし足りない。葵がどれだけ虚弱かは京介が一番知っているはずなのに。 玄関まで降りて葵の帰りを待っていた京介は、途中で母と合流したのであろう父陽平に抱えられた葵の様子を見て更に胸が痛くなる。真っ青になった顔は泣き腫らしたのか、目元だけほんのりと紅く色づいていて、不安定なコントラストを生んでいた。 「熱出た?」 「いや、京介だよ」 陽平に葵の容態を問いかければ、よく分からない返しをされる。日に焼けた陽平の顔には葵を心配するというよりは、少し呆れたような笑みが浮かんでいた。 「京介が居ない教室に耐えられなかったらしい。授業中にぶっ倒れて、お前の名前泣きながら呼び続けてたってよ」 陽平から告げられたのは思いもよらない事実だった。たった半日も耐えられなかった葵に、確かに呆れる気持ちは否めないが、それ以上にこみ上げてくるのは幸福。それが歪だとは分かっていても抑えきれない。 「で、お前は?」 「熱は下がったと思う。体ももう何ともねぇ」 「……頑丈だな、本当に」 今度はもっと呆れた声を出された。屈強な体質は父親譲りだと思うのだが、さすがに数時間で風邪を克服するとは京介自身も予想していなかった。幼馴染が風邪を引く度に数日、長いときは一週間もベッドから出られない状態になるのをよく知っているからだ。 「じゃあほら、葵寝かせてきてやれ」 京介の体調が回復したと知って、すぐに陽平は腕の中の葵を差し出してきた。やっと抱きしめることが出来た存在は、相変わらず脆くて軽い。 連れて行くのは葵の部屋のベッド。タオルケットぐらいしかない京介の部屋とは違い、葵のベッドには弾力のある羽毛布団がある。それにくるませてやりながら、うっすらと汗の滲む額を拭う。 「きょ、ちゃん」 指の感触で目が覚めたのか、数度緩い瞬きを繰り返した葵が、しっかりと京介を見据えてきた。 「お前さ、一日も我慢できねぇのか」 「ごめ、なさい」 自分でもここまで京介に依存している状態が恥ずかしいのだろう。布団に顔を隠し、また泣き出してしまった。本当にどうしようもない。 「京ちゃん、怒んないで」 「怒ってねぇよ。ガキだなって呆れてはいるけど」 「……だって、京ちゃん居ないと、ダメだから」 潤んだ蜂蜜色の瞳でそんなことを言われれば、京介だってこれ以上我慢できなくなる。布団ごと小さな葵を抱き締めて、そして、涙の味がする唇に自分のそれを重ねてやる。 「お前それ、一生言ってろよ」 「何、を?」 「俺が居ないとダメって」 無茶な願いなのは自覚している。けれど、他の誰かにこんな甘ったるい台詞を吐いている葵など想像したくもない。ずっと自分だけのものだ。 誓わせるようにもう一度キスを交わせば、葵からは今日初めての笑顔が返ってきた。

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