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キスする理由(冬耶×葵)

月曜日の朝。恐らく世間一般でも一週間の中で最も憂鬱な時間だろうけど、うちのあーちゃんも例に漏れずこの時間が大の苦手。 心配になって部屋まで迎えに行けば、すでにひとしきり泣きべそをかいた後のようで、ベッドの中で丸まっているあーちゃんの頬は涙で濡れていた。 「あーちゃん、おはよう」 タオルケットに丸まったあーちゃんをそのまま抱きしめて声をかければ、遠慮がちに首にギュッと腕が回ってきた。 簡単に腰に手が回ってしまうほど細くて小さなあーちゃん。壊れないように優しく優しく抱き寄せて、膝の上に抱え上げる。 「昨日はよく眠れた?」 涙のせいで少し頬にくっついてしまっている金色の髪を避けながら聞いてみると、少し迷った挙句に返ってきたのは小さな頷き。 「全くしょうがない子だな、あーちゃんは」 必死に”いい子”でいようとするあーちゃんは、眠れたなんて下手なごまかしをする。そんなところも愛しくてたまらないけれど、兄としては少し寂しい。 でもこの子が成長するためには、こういう”意地”も大切だと思うから、それ以上暴くような真似はしない。 「さ、そろそろ支度しないと遅刻しちゃうぞ」 あーちゃんの呼吸が落ち着いてきたのを見計らって、そう声をかけてみる。でもあーちゃんは身体を起こすどころか、ぎゅうと丸めて縮こまってしまった。 「お腹いたくなっちゃった?」 「……ん」 今日は先週よりも症状が酷い。登校することを想像しただけで頭痛や腹痛を起こすことはよくあるのだけれど、それも中学生になってからは少しずつ頻度は減ってきたと言うのに。 またここ最近で悪化してしまった気がする。 「じゃあ今日は学校に着くまでずっと手繋いでよう?それなら頑張れる?」 本当なら休ませてあげたいけれど、精神的なものから来る不調なのは分かっているから、こうして程々に無理をさせるのも兄の役目。そうでないとこの子は一生部屋から出られなくなってしまう。 それならそれで構わない、なんて思わないではないんだけれど。 「でも、おにいちゃん、校舎、ちがうから」 「あーちゃんの教室まで一緒に行くよ」 「……そのあと、は?」 答えが分かっているのに、聞いてくるなんて。 でも、あーちゃんの最近輪をかけて甘えん坊になった理由が分かった気がした。 「そっか、校舎離れちゃったから寂しかったんだな」 震える身体も、声も、可哀想で仕方ないけれど、あーちゃんの中での自分の存在の大きさを実感して胸が熱くなるのは止められない。 「じゃああーちゃん。”アレ”したら頑張れる?」 またぐずぐずと泣きながらシャツに擦り寄ってくるあーちゃんに妥協案を示せば、ぴくりと身体を跳ねさせて、そしてしばしのフリーズ。 頑張って学校に行くか。それとも今日はお休みするか。 甘えん坊だけど、頑張り屋なあーちゃんが出す答えは一つだ。 「おにいちゃんの勇気、ちょーだい」 そう言って身体を起こしたあーちゃんがぎゅっと目をつむって、柔らかなほっぺを差し出してきた。 お兄ちゃんがあーちゃんにキスする理由。 おはようの挨拶と勇気のおすそ分け。

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