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第8回人気投票お礼(冬耶×葵)3

授業の間も考えることは葵のことばかり。音楽ではきちんと声を出して歌えているだろうか。体育は言いつけ通り見学しているだろうか。頭に叩き入れた葵の時間割を思い返しては、湧き上がってくる不安を必死に押し留める作業で一日が終わってしまった。 本当なら放課後が訪れるなり、こちらから葵に会いに行ってやりたい。そう考えていたのだが、それすらも予測していた遥に捕まり、強制的に生徒会室へと連行される。 「どうした西名。顔色悪いな」 「ほんとだ、珍しい」 「いつものブラコン病なんで気にしないでください」 既に集まっていた一学年上の先輩方に憔悴しきった様子を見咎められたが、遥はそれすらも冬耶の代わりにあっさりと切り返してみせた。すると、冬耶がどれほど弟を溺愛しているか嫌というほど知っている彼等はすぐに納得して、定例会議をスタートさせてしまう。 会議が始まれば、さすがに葵のことばかり考えてはいられない。自分が不甲斐なさを見せれば、それが回り回って葵を取り巻く環境に影響を及ぼすことは分かっていたからだ。 だから周囲も冬耶のブラコンっぷりをからかいはするものの、容認してくれている。 「そういえば、今日”あーちゃん”、見掛けたよ」 会議が終わったのは窓の外が茜色に染まった頃。帰ろうと席を立ちかけた冬耶に声を掛けたのは生徒会長だった。 「え、どこでですか?」 「門のところ。体育の帰りに見掛けたから」 会長の言う通り、グラウンドから校舎に戻る際、中等部と敷地内で繋がる門の前を通ることになる。人通りの多い場所を葵は好まないというのに、そこに居たということは高等部に用事があったに違いない。 「はるちゃんのとこ来た?」 「いや?会ってないよ。冬耶に会いたかったんじゃないの?」 遥に指摘されれば、そんな気がしてくる。一人で門までやってきて、でも高等部の敷地に入る勇気はなくて結局諦めてしまったのだろう。その姿が目に浮かんでたまらなくなる。 「ごめん、はるちゃん、先帰る」 「……はいはい」 呆れた声に後押しされた冬耶は、机に置いたシャーペンと消しゴムだけブレザーの胸ポケットに仕舞うと、すぐに生徒会室を飛び出した。 鞄は普段から持ち歩いてはいない。授業は一度聞けば頭に入るし、財布と携帯だけポケットに入れていれば生活出来る。そうして両手を常に空けておくのは、いつだって葵を心置きなく抱き締めてあげるため。 早く葵の居る中等部の寮へ向かおう。そう決めた冬耶が生徒会室のある特別棟を出た先の中庭を突っ切ろうとすれば、一際大きな樹の下に目的の人物がちょこんと腰掛けているのが見えて思わず足を止めた。 何故寮ではなくこんな場所に居るのか。わざわざ確かめなくたって分かる。 付き添わされている様子の京介が先に冬耶の姿に気が付き、そして、葵に声を掛けるのが見えた。 京介に促され、そして立ち上がった葵はすぐに冬耶へと駆け寄ってきた。走るのさえ苦手な葵に長い距離を移動させたくない。だから冬耶も葵へと向かい、走り出す。 けれど縮まった距離はあと一歩の所で互いに踏みとどまる。いつもなら問答無用で冬耶が葵を抱き上げているのだが、我慢する約束なのは忘れてはいなかった。

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