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翌朝(忍×葵)※未来編

絶対に早起きしよう。 毎回そう自分に誓っているのだが、今朝葵が目を覚ました時にはもう既に隣に恋人の姿はなかった。けれど、いつも代わりに置かれているカードもまた枕元に見当たらない。 先に目覚め、そして出掛けてしまう彼はせめてもの償いのように必ず"おはよう"という挨拶ともう一言、直筆でメッセージを残しておいてくれる。嬉しい反面、カードだけでは拭えない寂しさは募るばかり。あんなに傍にいた前夜の出来事が夢のように感じてしまうのだ。 もはや慣習となっていたカードすら無くなって、葵の視界が自然と涙でぼやけていく。彼の性格を表すようにきちんと整った筆跡すら今は恋しい。 だが頬を伝う涙を拭っていると離れた場所から思いがけない声が響いてきた。 「何を泣いてるんだ」 「……え?忍さん、なんで」 バルコニーに面した窓の前、1人掛けの椅子に腰掛けているのは間違いなく今求めていた存在、忍だった。読書の最中だったらしい。本を手にした彼は不思議そうな顔で葵を見つめている。 「どうして忍さんが居るんですか」 浮かんだ疑問をストレートに口にすれば彼は呆れたと言わんばかりに大きく溜め息をつき、そして葵の元へと近づいて来た。 「早起き出来たってことですか?」 「自分で時計を見てみたらどうだ」 状況を整理するのに必死でベッドの上に固まったままの葵に寄り添うように腰掛けながら、忍は腕に嵌めた時計を見せてくる。針が示す時刻はやはりいつもと変わらない。とっくに忍が出掛けてしまう時間だ。 「っていうことは……どういうことですか?」 「お前がねだったんだろう?まさか忘れたのか?」 口調とは裏腹に忍の手はまだぼんやりとする葵の頭を優しく撫でてくれる。その指先の動きで少しずつ昨夜の記憶が蘇ってきた。 食事を共にして、そのままいつも彼が手配してくれる夜景の綺麗なこのホテルへと誘われた。そこまでの流れは変わらない。ただいつもと違ったのは彼がルームサービスで頼んだワインを葵も少しだけ飲んだこと。普段全くと言っていいほど口にしないアルコールを、何故か昨晩は飲んでみたくなったのだ。忍が頼んだワインは甘みが強くて飲みやすいのだと教えてくれたからかもしれない。

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