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翌朝(忍×葵)2

「少し飲ませすぎたな。気分は?」 「大丈夫です。でも……もしかして何か失礼なこと言っちゃいましたか?」 お酒に弱い体質だという自覚はあった。だからこそ二、三度グラスを口に運んだだけで止めたはずだったのだが、うっすらと蘇る光景ではいつもより忍に甘えている自分の姿があって葵は急速に不安になってきた。 「いや、素直で可愛らしかったよ」 葵の不安をよそに忍は慈しむようなキスを与えてくれるが、嫌な予感は消えてくれない。彼の腕の中に抱かれながら、今まで押し殺していた感情を吐き出してしまった気がするのだ。ふわふわとした酔いに任せ、キスも繰り返しねだった記憶まで蘇ってくる。 「でもまさか忘れられるとはな。てっきり目覚めたお前に喜んでもらえると思ったんだが、泣かれるのは予想外だった」 「あの、ごめんなさい。こんなつもりじゃなかったんです」 忍の口ぶりからも、葵が傍に居て欲しいと願ってしまったのは明らかだった。無理にスケジュールを調整してくれたに違いない。軽率な発言をした自分が嫌になる。だが忍は葵を怒るどころか、逆に葵への謝罪を口にした。 「俺のほうこそ悪いことをした。いつも気持ち良さそうに眠っているから、起こさないよう気遣っていたつもりだったんだ。まさか寂しがらせているとは思いもしなかった」 葵は彼の心遣いだと分かっていた。だからこそ、何も言えなかったのだ。自力で目覚めようと考えていたのも忍にこんな顔をさせたくなかったから。 「もっと早くに言ってくれれば良かったのに」 「……ごめんなさい」 目の前の忍の首に腕を回して抱きつけば、彼はきちんと抱き締め返してくれる。互いを思い遣るからこそのすれ違いはこれが初めてではない。忍と恋人関係になってから何度もこうして答え合わせを繰り返してきた。その度にどんどん"好き"が増していく。 「今度から毎回飲ませようか」 「もう飲みません、絶対」 「素直になるにはきっかけが必要だろう?お前はすぐに意地を張るから」 忍はそう言ってまるで子供を宥めるかのように葵を抱き上げて自らの膝の上に招いてくれる。ナイトガウン一枚の葵と違い、忍はジャケットまできちんと羽織っている。その身なりの違いすら葵自身の幼さを強調させるようで気恥ずかしい。 「いつまでも初々しいお前も可愛いが、キスして欲しい所を素直に教えてくれるのも新鮮で良かったよ」 「……え、あの、普通に唇とかじゃ」 再び嫌な予感。眼鏡の奥の忍の瞳が妖しく揺らぐのだから、きっと唇や頬どころではなく、とんでもない要求をしたに違いない。 「酔ってたからきっと変なこと言っちゃっただけです。忘れてください」 面白がっている様子の忍に必死に言い訳をしてみるが、葵と比べて昨晩の記憶がはっきり残っている彼に懇願したところで無駄なのだろう。 でもこうして翌朝も彼と共に過ごせる機会を得られたのだから、全てを後悔しなくてもいいのかもしれない。機嫌良く笑う忍に抱き締められていると、段々とそんな気にさせられてくる。 だが忍相手に油断してはならない。

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