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翌朝(櫻×葵)※未来編
彼と付き合いだしてから必然的に紅茶を上手に淹れられるようになった。寝起きの悪い恋人が少しでも気持ち良く目覚められるように。そんな思いで練習を重ねた成果だ。
今朝も起きる気配のない恋人をベッドに残しキッチンへと向かおうとしたのだが、生憎右手の指先がしっかりと捕らわれ、絡み合ってしまっている。
「櫻さん、ちょっとだけごめんなさい」
葵はそう声を掛けながら、絡んだ糸を解くように彼の指一本一本をそっと自らの手から外していく。神話にでも出てきそうな美しい顔立ちの彼は、指の先まで造り物のようだ。
常に形良く切り揃えられた爪。白い肌からうっすらと透けて見える血管や、浮き出る筋すらどうしてこうも艶やかなのだろうか。この手で彼は毎日音を奏でて人々を夢中にさせている。
演奏家としての櫻の姿だけを見ている大半の人は、彼の生み出す音楽のように内面まで美しく繊細だと思っているらしい。それは嘘ではないけれど、真実でもない。
ようやく櫻から右手を解放出来た葵は、布団をめくって現れた自分の体の状態を目の当たりにして深い溜息をついた。
中途半端に肌蹴ているのは透け感のあるレース素材のナイトウェア。手首と足首にはめられた同じ素材のカフスには長めのリボンがあしらわれていて、昨夜はこれを手枷、足枷代わりに使われたりもした。櫻が葵にこんな格好をさせたがるのは高校時代からだし、もはや文句を言うだけ無駄なのもわかっている。
「またいっぱい付いちゃった」
レース越しにも彼が昨晩残した鬱血の痕がはっきりと見えてしまう。所有の証だというそれを付けられる事自体に不満があるわけではない。けれど薄くなる度に同じ場所に痕が重ねられ、結局年中絶え間なく体中にマーキングされているのだ。
特に昨日は海外公演に出掛けていた彼がしばらくぶりに帰国したから尚更だ。ベッドから出ようとするなり腰が鈍く痛むのも離れていた時間を埋めるようにたっぷりと愛された証。
葵はそんな夜の色を消すように手早く部屋着に着替えてダイニングへと向かった。紅茶を淹れるためのお湯を沸かそうとシンクに向き合えば、水切りのラックにまだ少し水滴の残る皿が並べられている。
「……食べてくれたんだ」
いつ帰宅するかわからない彼のために一応は用意していた夕食を盛り付けていたものに違いない。
玄関で彼を迎え入れた瞬間に抱き上げられ、再会を喜ぶ間も無くバスルームに連行された。そこでも、そしてベッドに移動してからも何度求められたか分からない。
そのまま眠ってしまったから夕食のことなど葵はすっかり忘れていたのだが、きっと彼はその後これを見つけてくれたのだろう。長いフライトで疲労しているはずなのに、見えないところで葵を気遣ってくれる優しさに胸が熱くなる。おまけに手が荒れるからといって普段は嫌がる皿洗いまでしてくれたのも随分な変化かもしれない。
皿の乾き具合を見ると、櫻が眠り始めてからまだそれほど時間が経っていないように思えた。それでも葵は彼が好む銘柄の紅茶を淹れ、寝室へと運ぶことにした。
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