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翌朝(奈央×葵)3

満足するまでキスを交わした後は軽く身支度を整えて朝食へ出掛ける。お揃いの白いスニーカーを履き終えると奈央はすぐに手を差し伸べてくれた。言葉にしなくても、こうして手を繋いで歩くことが二人のルールになっている。 せっかくの晴天だからと、さっき会話したパン屋へは少しだけ遠回りをして向かった。その間他愛もない話をするのも二人にとっては必要なこと。時折周囲から葵の髪色や、繋がれた手に向けて遠慮がちな視線を感じるが、それもいつしか気にならなくなった。 「葵くん、良い席取ってきて」 朝食のパンを選ぶと、奈央はごく自然に葵に役割を与えレジから遠ざけてくる。彼と過ごす時に唯一気掛かりなのは、彼が一切財布を出させてくれないところ。でもそれも年上のプライドだと言われてしまえば、葵も意固地に拒絶するわけにはいかない。 テラス席を陣取ってしばらくすると、奈央がトレイを一つ持ってやってきた。トレイの上にはココアが二つとクロワッサンのサンドイッチ。近くに座っていた女性客が、奈央の登場で少し沸き立つのが感じ取れる。恋人という贔屓目なしで見ても、やはり彼は世間一般でも王子様なのだ。 「お待たせ。今更だけど……食べられそう?」 奈央は周りを気にせず、ただ真っ直ぐに葵の正面に座ってくれる。ほんの些細なことでも葵にとっては嬉しいこと。 「昨日無茶させた気がしたから。大丈夫?」 爽やかに告げて葵の髪に触れてくれるが、彼が何を指しているのかを意識すると途端に顔が熱くなる。 「こ、ここで聞かないで、ください」 「ごめん、そうだよね」 火照る頬を隠すように両手で覆えば、奈央まで葵の焦りがうつったように声を上ずらせた。でもそれすら顔を合わせればおかしくてまた笑いたくなってくる。 気を取り直して湯気の立ち上るココアを口に運ぶが、やはり目覚めたときからのやりとりを思い起こしてまた笑みが溢れてくる。それは奈央も同じようで、鮮やかな彩りの野菜を挟んだクロワッサンを手にする表情は綻んでいるように見えた。 「この後どうしようか?どこか寄って帰る?」 次にどんな時間を過ごすか。その相談をするのも楽しい。奈央からの提案に葵は少し考えを巡らせた。 本屋で気になる小説を買って公園で読書をするのもいいし、映画を観に行くのもいい。夏に向けてシーツを買い替えに行くのもありかもしれない。 でも今日はもう少し彼とただ過ごしていたい。それを何と伝えればいいか悩んでいるうちに、食器を下げに来た店員へと奈央が一つ頼み事をした。 「ココアをもう二つ、テイクアウトでお願い出来ますか?」 店員はすぐに頷いて追加の精算の手配を始めだした。 「……奈央さん?」 「もう少し散歩して考えようかと思って、ダメだった?」 「いえ、あの、僕の顔に書いてありました?」 「葵くんもそう思ってたの?」 葵の表情を読まれたのかと思ったのだがそうではないらしい。思考回路が似通うところもなんだかくすぐったくて嬉しくなる。 少しずつ高い位置に昇ってきた太陽の下で、手を繋いで店を出る。このままずっと彼との穏やかな時間が続けばいい。その気持ちを伝えるようにこっそりと指を絡める繋ぎ方に変えてみれば、彼も葵の耳元にそっと唇を寄せてきた。 「あんまり煽らないでね」 優しくて爽やかな王子様。でも告げる声のトーンは艶っぽい。恋人になって知った一面。そしてそれを見れるのは葵だけ。頷きながらも、葵は彼の腕に頬を預けた。

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