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翌朝(遥×葵)2

寮生活を送っている頃は、朝食にはほとんど手を付けられなかった。パンケーキ一欠片に、ヨーグルトがせいぜい。でも、遥と暮らすようになってからは違う。毎食きちんと調理してくれる遥の気持ちに応えたくて、口にできる量を少しずつ増やしてこられた。 今朝のメインは、ハムとチーズ、さらに目玉焼きまで乗った豪華なバタートースト。クロックマダムと呼ぶらしい。そして飴色の玉ねぎが浮かぶスープと、彩りの鮮やかなチョップドサラダ。おまけに好物であるいちごもデザートとして食卓に並んだ。 遥の作る料理は味だけでなく、盛り付け方も上手で視覚的にも美味しいと感じさせられる。その気持ちは本当だが、葵にとっては量が多いのも事実。 「食べられる分だけでいいんだって、な?無理はしないように」 葵が怖気付いたことに気付いた遥が先回りしてトーストにナイフを入れる。四等分にカットされると、それだけで精神的なハードルはぐっと下がった。 完成した料理が並ぶのは、ソファ前のローテーブル。ダイニングテーブルはあるものの、出来るだけ近い距離で食事をとりたくて、来客がある時しか使わなくなっていた。だから食事の時間はソファを背もたれにして、遥とくっつきながら、がルールだ。 幼い頃、冬耶や京介にべったりと張り付いたまま食事することを、“行儀が悪い”とたしなめられた気がする。それが心配になって尋ねたことがあったが、遥と二人の時は特別なのだと受け流された。 「いただきます」 「どうぞ、召し上がれ」 葵が初めの一口を食べるまで、遥は料理に手を付けない。近くでジッと見守られることはいつまで経っても慣れずに緊張してしまう。だが、彼にとって葵が自分の作った料理を美味しそうに食べることが幸せなのだと言われれば、恥ずかしさだけではない感情が湧き上がる。 トーストを一欠片飲み込んでから素直においしいと感想を伝えれば、遥からは満面の笑みが返ってきた。この顔を見るのが葵にとっても幸せの一つになっている。 遥と過ごすうちに、苦手だった食事の時間にこうして沢山の幸福を見出すことができるようになった。

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