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翌朝(遥×葵)3

「いちご食べる?」 食事を進めるスピードが落ち始めたことにいち早く気が付き、遥はデザートの提案をしてくれる。ぽんぽんと己の膝を叩くのはおいでの合図。まだ半分ほどトーストが残っているが、これ以上がんばったらきっといちごが入らなくなってしまう。 誘われるがまま彼の膝に乗り上げると、いちごを摘んだ遥の指がゆっくりと口元に近づいてくる。こうして葵に直接食べ物を与える行為も、遥は随分気に入っているらしい。気恥ずかしさはあるけれど、恋人としてのスキンシップの一つだと言われれば受け入れたい。 ぽんと放り込まれたいちごを噛むと、甘酸っぱさが一気に口内に広がった。でもいちごの味を堪能しようとする葵を、遥が邪魔をしてくる。 ウエストに回った腕に力が込められ、強く抱き締められるのはいいが、おまけとばかりに首筋を啄まれると堪らない。 「おいしい?」 「……ん」 唇を肌に寄せられたままの問い掛け。くすぐったさをこらえながらでは、頷く返事しか出来ない。 付き合いだしてから、はっきりと変わった距離感。遥のおかげで内面的に大きく成長出来たと思っていたのに、こうして恋人になった遥から毎日甘やかされ愛でられていると、精神的な自立からは大分遠くなってしまいそうだ。 「一人で食べられるよ」 「わかってるよ?」 二つ目のいちごを唇に当てられ思わず溢れた強がりは、瞬時に跳ね返された。結局、葵も彼にこうして可愛がられることが何よりも好きなのだ。だからすぐに受け入れてしまう。 家族に甘え過ぎず、自分の足で立てるように先導してくれたのは遥だったはず。それなのに、彼なしでは生きていけないという思いが日々強くなっていることが少し不安だった。 「……ちっちゃい子みたいじゃない?」 「そう?子供にはエッチなことしないよ」 幼い頃の自分に戻ってしまうのが怖くて尋ねたというのに、遥から返ってきたのは斜め上の回答。驚いて振り仰げば、悪戯っぽくてどこか色気を感じる笑みが向けられた。彼のこういう一面も、恋人になってから新たに知った。 「葵ちゃんを子供扱いしてるわけじゃないって、前も言っただろ?むしろ、その逆。ようやく“成長”してくれたんだから」 恋人同士でする大人の行為。それはもうたっぷりと教え込まれた。昨晩も、だ。そしてまだまだこんなものではないとも宣言されている。 “早く成長するんだよ” よく囁かれていたこの台詞。平均を大きく下回る体格のことだけを言われているのだと葵はずっと思い込んでいたのだけれど、遥の想いを受け止められるぐらい精神的に育つことをも望む言葉だったのかもしれない。 「段々体力も付いてきたしな」 体格は高等部時代からほとんど変わっていないが、遥の言う通り、幼い頃から比べたら格段と丈夫になったとは思う。そしてそれは間違いなく遥が根気よく葵を導いてくれたおかげだ。 もしかして彼はこの未来をずっと思い描いていたのだろうか。冬耶が遥を表現する“策士”という言葉の意味がようやく実感出来てしまう。 「愛してるよ、葵ちゃん」 葵の全てを甘く絡め取るような声音。逃れられないし、逃れたくもない。 身を任せるように瞼を閉じれば、頬にゆっくりと指が添えられた。

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