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保健室(遥×葵)
※葵中1秋のお話
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「はるちゃん、ごめん保健室行ってもらえる?」
授業が終わってすぐに担任に呼び出された冬耶は教室に戻るなり遥にそう声を掛けてきた。そのまま冬耶はまた廊下へと駆け出して行ってしまったから何故か、なんて聞き返す暇も与えられない。
だが何があったかは察しがつく。遥は次の授業の準備の手を止め、指示通りに保健室へと向かうことにした。
中等部の保健室は校舎の中でも特に日当たりの良い場所に位置している。三年に上がってからもうすぐ半年が経つが、この場所に訪れる機会は一気に増えた。
その理由は保健室の常連が入学したから。
ノックをして静かに扉を開けば、中等部を担当する初老の保険医が遥に柔らかく微笑んできた。
「奥で眠ってるよ」
彼の言葉にもまた誰が、なんて主語がない。冬耶といい彼といい説明不足は否めないが、そのぐらい日常茶飯事なのだ。遥も無駄なことを尋ねはせず、保健室の奥、ベッドが並ぶ場所へと足を踏み入れた。
ベッド同士を仕切るカーテンが、小さく開いた窓からの風に揺れるたびに清潔な石鹸の香りを漂わせてくる。
一つだけしっかりと閉ざされたカーテンをめくれば、やはりそこには予想通りの人物が居た。
「葵ちゃん」
眠り自体は浅いのか、声を掛ければ小さく身じろぎがされた。でも瞼が開くまでには至らない。だから遥はベッド脇の椅子に腰を下ろしてもう少し葵の様子を観察することにした。
ほんのりと赤く色づく目元と、涙の雫が付いた睫毛を見れば、葵が泣いたのだと容易に想像がつく。布団を少しずらせば、葵が制服ではなく体操着を身に纏っているのも分かった。
ただ具合が悪くなっただけならこの場に京介が付き添っているはずだ。彼が居ない、そして冬耶が慌ててどこかへ向かったとあれば、大体の経緯は予測できる。大方、体育の授業で葵を巡って京介がクラスメイトとトラブルを起こしたのだろう。
「葵ちゃん」
もう一度、今度は頬を撫でながら名を呼んでやれば、数度ゆっくりと瞬きを繰り返した後、遥を見つめ返してくれた。
「おはよう」
「遥さん……ごめんなさい」
「違う。おはようって言われたら、おはよう、だろ?」
挨拶を返す代わりに謝る葵を叱れば、戸惑いながらも口を噤んでしまった。遥が授業を投げ出してやってきていることへの罪悪感のほうが上回るらしい。素直に甘えるよう教育しているつもりなのだが、まだ目標には程遠い。
でも手を差し出せば、自らの指を絡めてくる。体温を確かめるようにぎゅっと握られた手は小さいけれど、確かに遥を求めていると感じられて愛おしい。
そしてその手首に真新しい湿布が巻かれていることにも気付く。
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