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保健室(遥×葵)5

「だからね、ありがとうが言いたい」 葵の世界には家族と遥しか居ない。葵もきっとそのままで良いと思っていたはずだ。でもこうして一歩、外に向かおうとしている場面に立ち会えれば胸が締め付けられる。決して悲しいわけではなく、その逆だ。 葵の感情を引き出すために時に厳しくもなる遥に対して、冬耶が時折疑問を投げかけてくる。葵のことが好きではないのか、甘やかしてやりたいと思わないのか、と。 でも外の世界を愛せなければいずれ葵が内に抱える闇に食い潰されてしまう、そんな予感がするのだ。だから時に憎まれても構わない。葵が支えなしでもきちんと歩めるように導いてやりたかった。ただ決して突き放すことはしない。 それを愛と呼ばずに何と呼ぶのか、遥には分からない。 「葵ちゃん、放課後一緒に教室行こうか」 まだ一人で向かわせるには早い。そこまでは厳しくするつもりはない。遥が寄り添ってくれると知って、葵は更に笑顔を深める。 「……遥さん」 「ん?」 「だいすき」 一層強く抱きついてきた葵からもたらされた可愛い告白。まだそこに遥が抱く類の熱が込められていないことぐらいは察している。それでもこうして”好き”を口にすることすら、幼い頃の葵には考えられないことだった。 一歩ずつ着実に成長していく。それを実感するごとに愛情も増していく。 「俺は葵ちゃんよりも大好きだよ」 そう答えてやれば、葵は疑わしげな目を向けてくる。そのぐらい葵の中では遥への”好き”が大きいのだろう。 だから思い知らせるようにそっと頬にキスを落としてやる。髪や身体に触れることすら怯えていた状態から少しずつスキンシップに慣らしてきたおかげで、ようやくこうした触れ合いにも抵抗を見せなくなってきた。 自分の奇異な髪や瞳の色が伝染るものではない、ということもやっと信じ始めてくれたのだ。 唇へのキスももう少し頬に慣れたら教え込むつもりだ。 「葵ちゃん、早く成長するんだよ」 自分の愛が受け止めきれるぐらいに。そう心の中で付け足しながら遥はもう一度柔らかな頬に口付けた。 ただ身体的な意味合いでの”成長”だと受け止めたのか、葵は素直に頷いてくるけれど、自分の本当の欲望を知ったらどんな反応をするだろう。 遥はいつか訪れる未来を描きながら三度目のキスを贈った。

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