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君の声(綾瀬×七瀬)

※葵中1春のお話 ―――――――――――――――――――――――――― 国語の授業中に朗読の順番が回ってきた一生徒。教師がその名前を呼んだ瞬間、綾瀬はこのあとの展開の予想がつき、人知れず溜め息を漏らした。 「ふじさわくーん、聞こえませーん」 教科書を手に、顔を真っ赤にしながらぽつぽつと読み上げ始めた生徒に対し、心無い野次が飛ぶのはいつものこと。途端に彼”藤沢葵”は涙を堪えるように俯いてしまう。このあと、葵の幼馴染だという生徒が立ち上がり揉め出すのも、もはや日常になりつつあった。 ──また始まった。 このクラスだけ授業の進みが遅れているのではないか。そんな焦りもあって、綾瀬はうんざりとした気持ちを押し隠せなくなっていた。 「毎回ああなるんだから、もう当てなければいいのに」 午前中の出来事は、昼食時になっても引き続き綾瀬の気分を害したまま。思わず愚痴をこぼしてしまうと、母の手作り弁当を頬張っていた七瀬の手がぴたりと止まる。 「それ、藤沢くんの存在無視しろって言ってるのと同じなの、わかってる?」 「いや、そういうわけじゃないけど……」 七瀬の表情を見て、自分の失言に気が付く。 「からかうほうが悪いんじゃん。七は藤沢くんの声、ちゃんと聞こえるし」 七瀬の言う通りだ。綾瀬が苛立ちの矛先を向けるべき相手は葵でも、教師でもなく、葵を笑う生徒たちのほう。 七瀬は小柄な体躯のせいで中身まで幼く見られがちだが、綾瀬よりも冷静なところがある。授業が止まるのは嬉しいし、なんて後から付け加えたのも、勉強嫌いで自分勝手な七瀬らしいけれど。 だが、頭では七瀬の言い分が正しいと納得しても、授業中に葵の順番がくると苦い気持ちになるのは止められなかった。 葵に対する意識が大きく変わったのは、それからしばらく経った頃だった。 その日綾瀬は日直で、日誌を職員室まで提出する面倒な役割を担わされていた。もう一人の当番だった生徒は放課後すぐに部活へ飛び出していってしまったから、必然的に綾瀬が動かなければならない。 「え、これを図書室にですか?」 日誌の届け先である担任は、すぐさま身を翻そうとした綾瀬を呼び止め、机上の図鑑の山を指差してきた。 「すまん、全部棚に戻しておいてくれ」 授業の準備で使ったという資料を運ぶなんて、本来の日直の仕事ではない。でもこれから会議があるという担任は、綾瀬にそう言い残してさっさと職員室を飛び出して行ってしまった。

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