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君の声(綾瀬×七瀬)2

図書室を回って帰るのは遠回りになるが、担任の言いつけを無視すれば、より厄介なことが後々降りかかってきかねない。綾瀬は一度大きく息をつくと、積み重なった分厚い本の束を抱え上げた。 絵の入っていない本が嫌いな七瀬のおかげで、綾瀬が入学してからここにやってきたのは覚えている限り一度だけ。そのため、どの場所に戻せばいいかのあたりをつけるのにも随分苦労させられた。 重い本を抱えながら棚の間をうろついていると、奥の学習スペースから人の気配を感じた。先客の存在はさほど気になるものではないが、知った名前を耳にすると話は別だ。 「そっか、葵ちゃん二十八番だっけ。明日当たりやすいかもね」 棚の隙間から声の方向を覗けば、そこにはクラスメイトである葵と、そして上級生の姿が見える。彼の存在は認識していた。三年の相良遥。どういう関係かは知らないが、葵とは親しいようでしょっちゅう教室に現れている。 それに彼自身はごく一般の生徒であるはずだが、生徒会長の友人としても、その容姿でも、校内では目立つ人物であった。 「先月は?結構当てられた?」 「……うん。三回」 彼らが何の話をしているのかは察しがついた。授業では教員がその日の日付と同じ出席番号の生徒から指名をしがちだ。明日が葵の番号の日だからと、対策を練っているようだった。 「国語も、ある」 「大丈夫。練習したらちゃんと上手に読めるから」 不安そうな葵の横顔。毎回あれだけからかわれれば、苦手意識は強くなるに違いない。それでも遥の励ましを受けて教科書を開く姿を見て、綾瀬の心に罪悪感が芽生えた。 授業で進めている部分を朗読し始める葵の声。小さすぎるのは、ここが図書室だから気を遣っている、というわけではないと思う。授業中もそうだ。でも、全く聞こえないわけではない。耳を澄ませばきちんと届いてくる。周りがうるさく囃し立てるせいで、いつもかき消されてしまうだけだ。 実際、傍にいる遥は葵が息継ぎをするたびに頷いて、先を促してやっている。聞こえているという合図なのだろう。 綾瀬も思わず棚に身を潜めつつ、葵の声に耳を傾ける。緊張で震えてはいるが、教室よりもずっとなめらかに読めていた。 「遥さん、もう一回聞いてて」 最後まで読み終えると、落ち着く間もなくそうねだったのが聞こえた。遥が返事をする代わりに葵の髪を撫でてやるのも見える。 ああして葵はいつも練習していたのだろうか。 綾瀬は胸に苦いものが広がるのを感じながら、残りの本の片付けを済ませると図書室を後にした。

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