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君の声(綾瀬×七瀬)3

「へぇ、藤沢くん、そんなことしてたの。練習なんてしなくてもいいのに」 下校するあいだに図書室での出来事を七瀬に話せば、彼は苦笑いの表情を浮かべた。宿題すらまともにこなさない七瀬にとっては、授業の予習、それも指されたときのための準備をするなんて考えたこともないのだろう。 「で?」 「……ん?何が?」 「だから、それ見て綾はどう思ったの?やっぱり藤沢くんのこと、当てなければいいって思った?」 あの時の失言はもう十分反省している。それを七瀬もわかっているはずなのに、あえて言わせるところは少し意地が悪い。けれど、七瀬のそういう厳しさも好きなのだから仕方ない。 「次は藤沢の声、ちゃんと聞こうって思ったよ」 「うん、良かった」 綾瀬が素直に返せば、七瀬は満面の笑みを向けてくれた。褒めるように繋いだ手を握り直してもくれる。 「授業遅れるのが嫌だっただけ。藤沢が嫌だったわけじゃない」 「分かってるよ。綾は真面目だからね」 「真面目、っていうか」 ただ自分本位なだけだ。時折授業の合間に挟まれる教師の雑談すら煩わしいと感じる。葵のことだけでなく、授業が止まることそのものが綾瀬にとっては苛立ちの原因。 「もうちょっとさ、学校生活楽しも?せっかく受験しなくていい学校入ったのに、綾、勉強ばっかでつまんない」 入学後から七瀬には時々こんな苦情が寄せられる。公立校に進学するつもりだった七瀬を巻き込んでこの学園に入学した時、説得材料として“大学までエスカレーター式で上がれる”と訴えたのも尾を引いているようだ。 七瀬は綾瀬の言葉を間に受けて、あの中学受験を人生最後の勉強だと心に決めて臨んでいた。おかげで難関である学校に揃って合格できたけれど、言葉通り、あれから一切勉強する気配がない。 「そんなに勉強してどうするの」 改めて問われると答えに窮する。端的にいうと将来のため、ではあるが、七瀬はそれでは納得しないだろう。 綾瀬はしばらく思案したあと、思い浮かんだ言葉を口にした。 「七と不自由なく暮らしたいから」 大袈裟に聞こえるかもしれないが、自分の根底にあるのはそれだった。 七瀬とはごく当たり前のように恋愛関係に至ったけれど、この先困難が多く待ち受けていることは覚悟している。そのために今自分が出来うる限りの備えをしておきたかった。 「それ、プロポーズ?」 綾瀬の言葉で少なからず驚いた様子をみせた七瀬だったが、すぐに茶化すような表情で笑いかけてきた。そんなつもりはなかったけれど、大学を卒業したあとの将来まで考えていると告げるのは、プロポーズと呼んでも間違いではないかもしれない。 「嬉しいよ?綾が真剣に考えてくれてるの」 七瀬は指を絡める繋ぎ方に変えながら、歩調を緩めた。 「でもさ、こうして制服でいちゃいちゃできるのも今しかないんだから」 だから楽しもう、と七瀬はもう一度綾瀬を誘った。確かにそうだ。先のことをあれこれ悩むばかりで、今目の前にいる七瀬との時間を最大限楽しむ意識が薄くなっていた。 「七たちのこと、理解してくれる友達も作ろうよ」 七瀬がいれば綾瀬はそれでいいと思っている。けれど、クラスの中心ではしゃぐ七瀬の姿をずっと見てきた綾瀬にとっては、二人だけの世界に閉じ込めておくことが彼のためにはならないこともわかっていた。 「友達、か」 “友達”と聞いて、なぜか葵の顔が浮かんだ。ただ、自分の中で印象が強いクラスメイトだったからかもしれない。でもそれが何かの暗示のように思えてなからなかった。

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