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第9回人気投票お礼(京介×葵)2

葵はいつもなら店に併設されたカフェのホールで働くことが多い。だが今日はバレンタイン用の商品を販売する人員として駆り出されたようだった。時折店の外に出ては並ぶ客に声を掛けてメニューのようなものを見せている。 シャツの上にエプロンを付けただけの薄着のせいか、それとも見知らぬ客に話しかけるのが緊張するのか。遠目に見ても葵の頬が少し赤らんでいるのが分かる。まだ笑顔も動作もぎこちないながらも懸命に働いている姿に募るのは愛しさだ。 人見知りで外に出ることすら怯えていた葵が、遥の手引きでよくここまで成長したものだ。京介や冬耶が出来なかったことを容易に成し遂げる遥が羨ましくて、時折憎くもなる。 手にしたスポーツ誌の最後のページもめくり終え、新たな雑誌に手を伸ばそうとした時、ちょうど頭の中で悪態をつこうとした相手、遥も店の外にやってきた。低い位置で髪を結いた彼は、女性のように見えてしまうほど柔らかな雰囲気を纏っている。だが、表情はいつになく険しい。 遥は葵に近づくなり大判のブランケットでその体を包むと、目線を合わせて何かを告げている。その光景を見ただけで京介には会話の内容が想像出来た。大方、薄着で外に出ていることを注意されているのだろう。そのまま葵を店の奥に連れて行ってしまったのだから、これ以上遥は葵を働かせる気はないようだ。 京介は雑誌をラックに戻すと、後を追うように店の裏手へと回った。 しばらく待っていると、案の定遥に連れられた葵が裏口から現れた。腰丈のダッフルコートを着込んでいるだけではなく、見覚えのない白いマフラーがぐるぐると巻かれている。 「……京ちゃん!来てくれたの?」 葵もすぐに京介に気が付いたらしい。傘も差さずに一目散に駆け寄ってこられると、胸にこびりついた嫉妬もじわりと溶けていく感覚がする。 「近く来たから。そろそろ終わる頃だと思って」 「そうなんだ、一緒に帰れるの嬉しい」 下手な言い訳も葵は真っ直ぐに受け止めてくれるのだからありがたい。堪えきれないと言わんばかりにぎゅっと抱きついてくる所もかわいくて仕方がない。 だが、手放しに葵を抱き締め返せないのは、何もかも見透かした目をする遥の存在のせいだ。 「葵ちゃんがバイトする日って大抵予定入れないもんな、京介」 涼し気な顔をする彼はきっと京介が本心では葵がこうして一人で出掛けることを良しと思っていないことも理解しているのだろう。葵を単独で行動させる練習をするのは、冬耶や京介を成長させるためだとも言っているのだから厄介なことこの上ない。

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