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第9回人気投票お礼(京介×葵)4

「京ちゃん、こっちじゃないよ」 「わかってるよ」 「……どこか行くの?」 葵が疑問を感じるのも無理はない。不安そうにジャケットの裾を引っ張ってくる仕草は、幼い日の面影を彷彿とさせた。 葵が実の母親に連れ出され、そして捨てられた日は雨が降っていた。だから雨の日に誰かと出掛けるのが怖いのだと以前打ち明けてきたことがある。きっと家への帰路でないことに対して、葵は馬鹿げたことを思い浮かべたに違いない。 「お前、今何考えた?あのクソ女と一緒にすんなよ」 京介が葵の母親を罵倒すれば虐げられていたはずの彼は何故か悲しい顔をする。それでも京介は不安げな葵を連れて、半ば強引にホームに到着した電車へと乗り込んだ。 目的の場所はさほど遠くはない。ほんの数駅先の繁華街だ。家族で何度も訪れている駅で降りるのだと知って葵の表情が心なしか和らいだ。 駅に直結しているファッションビルの中はやはり季節柄バレンタインにまつわる特設コーナーがひしめき合っていた。定番のチョコレートだけでなく、男性向けの衣料品や雑貨もプレゼント用に充実しているようだ。 本来なら女性客だらけの空間に自ら突っ込んでいくような真似はしたくないが、葵を今のままにしておくほど京介はまだ大人になりきれない。 「葵、どれがいい?」 「……ん?どれがって?」 「選べ、好きなの」 比較的シンプルなデザインの衣類や雑貨が並ぶ店に入るまで葵は京介に付き従ってきた。しかし京介が棚を指し示すと途端に困った顔つきになった。当然だろう。目の前に並ぶのは色も柄も様々なマフラー。何の説明もなしに受け入れるほどには葵も子供ではない。 「今日は遥さんに借りたし、大丈夫だよ」 遥の物を身につけたままというのが癪なのだとは理解できないらしい。彼の温もりを探るように時折きゅっとマフラーに触れる、その仕草すら苛立つのだ。短気な自覚はある。嫉妬深いことも知っている。それでも未だに京介の想いに気付かない葵が悪いのだと、心のどこかで思ってしまう。 「自分のが無いと困るだろ。毎回借りんのかよ」 「そうじゃないけど……でも、じゃあ自分で買うから」 「いいから、早く選べよ」 やんわりとでも提案を拒絶されると京介も更にムキにならざるをえない。 自分たちが周りからはどう見えているのだろうか。頭の片隅ではそんな冷静さが消えない。早く用を済ませてこの場を立ち去りたいという焦りもあって、京介は以前葵が冬耶に贈られたものに似た、ブルーを基調にした柔らかなチェック柄のマフラーを手に取った。

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