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第9回人気投票お礼(京介×葵)5

「これは?」 差し出しても葵は首を横に振ってくる。これでも葵の好みは理解しているつもりだ。マフラー自体が気に食わないわけではないだろう。 京介は戸惑い続ける葵をそのままに、勝手にレジへとそのマフラーを持ち込む強硬手段に出ることにした。当然のように葵が後を追いかけてくるが、すでに店員がタグのバーコードを読み取り出してしまっていては止める勇気は出なかったようだ。何か言いたげに裾を引っ張ってくるが、京介はそれに気付かないふりをして会計を済ませたマフラーを受け取った。 「……京ちゃん、やだよ。欲しくなかった」 混み合う店を抜け、人通りが途絶えた階段の踊り場でマフラーを付け替えさせようとすれば葵がはっきりとした拒絶を口にした。そこまで嫌がられると、さすがに京介も動揺する。 「金なら気にすんなよ」 「そうじゃない。それも、あるけど違うの」 イヤイヤと首を振る葵を宥めるように頭を撫でるが、蜂蜜色の瞳にじんわりと溜まっていく涙は止められそうもない。 「また失くしたらやだから。京ちゃんから貰ったものもう失くしたくない」 溜まりきった涙を頬に伝せると同時に葵が本心を吐露してくる。ここが公共の場だということも忘れて思わず抱きしめたくなるほど愛しい言い分だ。 確かに葵が失くしたものは冬耶から貰ったマフラーだけではない。京介が贈った物も姿を消してしまったことがある。それがここまで葵の心を傷つけていると知ると、不謹慎とは思いつつもくすぐったい感情が生まれてくる。 「なんでお前は失くす前提なんだよ。ずっと巻いてりゃ失くさねぇだろ」 無茶苦茶な慰めだ。でも葵は京介の言葉に驚いたように瞬きを数度繰り返すと、ようやくしばらくぶりに笑顔を見せた。 「そっか、そうだね。じゃあずっとずっと巻いてる。ありがと、京ちゃん」 「……馬鹿」 素直に"どういたしまして"と返してやるのが正解なのは分かっている。けれど京介に出来るのは無邪気に笑う葵を咎めるような言葉を口にしながら、マフラーを巻き直してやることぐらいだ。 マフラーを広げて葵の口元を隠し、静かに口付けたのはほんのおまけ。普段は人前でキスなどしない京介の行動に驚かされたらしい。葵は笑顔を引っ込めて、ただ恥ずかしそうにマフラーに顔を埋めてしまった。 赤い顔を隠すように俯く葵にもう一度触れたくなるが、さすがに誰が通るともわからない場所でこれ以上のことは出来ない。だが京介が葵の手を引いて駅へと向かおうとすれば、それを思いがけず止めたのは葵だった。

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