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バレンタイン記念(冬耶・遥)2

「で、今年は何作ってたの?」 「カヌレ。プレーンとチョコレートの二種類」 「へぇ、あれってそんなに時間かかるものなんだ?」 「レシピ知ってたら、葵ちゃんは頼んでこなかったと思うよ」 どこかで食べた記憶を蘇らせても、シンプルな焼き菓子、という印象だ。だが、実際はそう単純な話ではないらしい。無邪気にリクエストしてきた葵のことを思い出しながら遥は苦笑いするけれど、不思議と嬉しそうに見える。遥も冬耶と同じく、葵にもっと甘えてほしいと願っているからだろう。 出会った頃のことを思えば、葵が遥に手作りのお菓子をねだるなんて想像も出来なかった。バレンタインという行事を理由にするだけでなく、葵はこの部屋によく遊びに来ては遥が作ったお菓子を頬張って幸せそうに笑うようになっていた。 「遥がフランスに行っちゃったら、あーちゃんはおやつに困っちゃうね」 「父さんのところ行けば無限に貰えるよ。あの人、葵ちゃんを餌付けしたがってるから」 遥の父、譲二は無愛想ではあるが、葵のことを可愛がってくれている。昔から家族の誕生日には必ず譲二の店でケーキを買っていたし、特別な日でなくても近くを通れば立ち寄るような関係だ。 少しずつ子供らしく笑えるようになる葵の成長を、家族とは違う一歩引いた場所から見守ってくれていた。初めてバイトとして店に立った姿を見た時には、厨房でこっそり泣いていたのだとも遥から聞いた。普段は無口でにこりともしない彼が泣いている様子を見て、周りの従業員たちはかなり驚かされたらしい。 「そういえば、あーちゃんからバレンタインのチョコ貰ったんだけど」 譲二の話が出たおかげで、週末の出来事を思い出した。繁忙期であるバレンタインに向けて臨時でアルバイトをした葵。そこで土産として貰ったチョコレートを、葵は家族に配ってくれたのだ。 当然ながらそこに特別な想いが込められているわけではないが、葵から贈られたというだけで手をつけるのがもったいないと感じていた。 「でもさ、あれってよく考えたら譲二さんの手作りチョコをあーちゃん経由で貰ったってことなんだよな」 誰から貰ったかが重要ではあるのだが、作り手のことをよく知っているからこそ、複雑な気持ちになるのは否めない。心に浮かんだもやもやを正直に打ち明ければ、遥は面白そうに笑い出した。彼はクールな見た目とは裏腹に、一度笑うと止まらなくなる傾向にある。 「父さんが冬耶に、か。その発想はなかった」 「嫌とかそういうんじゃないんだけど、あーちゃんからだって浮かれた自分がちょっと恥ずかしいっていうか」 今まで遥と共に作ったというお菓子を贈られたことはあるし、誕生日も祝ってくれる。でも、“バレンタイン”という名目で葵からプレゼントをされたのは初めてだった。普段は秘めている葵への想いが溢れそうになるのも無理ないとは思う。

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