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卒業式(遥×葵)3

卒業式後に教室で行われた最後のホームルーム。担任との記念撮影を始めるクラスメイトの姿を眺めていると、来客を伝える声が掛かった。 「廊下、行列できてる」 呆れた笑いを浮かべる友人に導かれるまま教室を出ると、そこには確かに下級生たちの列が出来ていた。見覚えのある顔ばかりだ。遥の姿を見つけると積極的に挨拶をしにやってきたり、生徒会のボランティアを引き受けてくれたり。要は遥に多かれ少なかれ好意を抱く生徒の集まり。 「俺に用?写真?」 先頭の生徒に声を掛けると、彼は一度は頷いたもののすぐに首を横に振った。 「あの、それもお願いしたいんですけど……」 「うん、何?」 緊張した面持ちで彼が告げたのは、遥が身につけているネクタイを譲って欲しいという願いだった。彼がそれを口にした途端、後列の生徒たちからこぞって落胆の溜め息が溢れる。先を越されたと感じたのだろう。 卒業式当日を待たずに、同様の願いは何度か持ちかけられたことはある。この学園では、好意を抱く上級生からイニシャル入りのネクタイを授かることは一つのステータスになっているのだ。 その慣習が発展して、同級生ならば恋人同士で互いのネクタイを交換している生徒までいる。ただイニシャルが入っているというだけで、この学園では特別な想いを託すアイテムと化していた。 「写真はいいけど、ネクタイは誰にもあげる気はないよ」 遥自身、このネクタイに特別な思い入れがあるわけではない。だがこれを贈ることで妙な期待や誤解を招くのは避けたい。 「やっぱり、藤沢くんにあげるんですか?」 遥が葵を可愛がっていることなんて周知の事実。それゆえにこうして面と向かって好意を確かめられたことはほとんどない。だが、彼は最後の機会だからと勇気を振り絞ったようだ。 「さぁ、どうだろうな」 遥はそうしてはぐらかす言葉を口にし、いつも通りの微笑みを浮かべようとした。だが列の最後尾に新たに加わった存在を見つけて、思わず吹き出しそうになってしまう。 「ごめん、ちょっと待ってて」 先頭の生徒に告げて向かう先は列の最後尾。緊張した面持ちでインスタントカメラを胸に抱く生徒を周囲の誰もが訝しんでいるというのに、当の本人は全く気が付いていないらしい。 「葵ちゃん、なんでこんなとこに並んでるの?」 「ここ遥さんの列って聞いたから。ちがった?」 葵は真面目に答えてくるけれど、どうしても理解出来ない。葵が他の下級生と並ぶ存在であるわけがないのに。 「お兄ちゃんもすごい列だったから、先に遥さんのほうに来てみたの。でも遥さんもいっぱい並んでるね」 「冬耶のとこまで行ったの?」 遥たちにとって葵がどれほど特別な存在か、分かっていないのは本人だけだろう。分かりやすく愛情を注いできてもこの調子だ。そんなところも可愛くて仕方ないけれど、歯痒くも思う。 危なっかしい葵を卒業までに捕まえておきたかった気持ちはある。それに今ここで愛を告げたとしても、葵は分からないなりに遥を受け入れるだろう。そのぐらいの信頼を得ているはずだ。 何度も自問自答し、決断したことだというのに、別れが近づくとどうしても心が揺さぶられる。 「葵ちゃん、桜の下で写真撮ろうか。冬耶とすぐに向かうから、先に行って待ってて」 涙を溢した痕の残る目元。そこに触れながら囁くと、葵は大人しく頷き、少し離れた場所で待っていた京介や都古の元に帰っていった。

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