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卒業式(遥×葵)5

「京介も都古も、なんで一緒に撮ってくれないかな」 日本を離れたらきっと愛想のない二人の顔も懐かしくなる。だから誘っているというのに、ちっともつれない。 「まずは三人で撮りたいって言っちゃったからかも。皆ではあとで撮ろ?」 「そうだな。葵ちゃんはどんな風に撮りたい?なんでもいいよ」 遥の問いに葵は少し迷う素振りを見せたけれど、遥と冬耶それぞれの腕を引き、その真ん中におさまることを選んだ。だがそのまますんなりと撮影には移れなかった。 まだ蕾の状態の桜の下。三人で並んだ写真には葵が泣き出したことに始まり、遥や冬耶がそれを宥めたり、笑ったりする姿が記録されている。 カメラマンがその間ずっとシャッターを切り続けたらしい。葵をからかうための意地悪か、それともこんな光景も大切な思い出として残しておこうと思ったのかは分からない。 ただ、いつでもあの瞬間のやりとりを鮮明に思い出すことの出来る大切な宝物になった。もちろん、ひとしきり泣いて落ち着いた葵とは、きちんと笑顔の写真も残すことが出来た。 「遥さん」 校門をくぐる前に、葵はブレザーの裾を引いて呼び止めてきた。 西名家と相良家。それぞれの親も合流し、皆で食事に行く流れになったおかげで賑やかになった集団は、こちらに気が付かず、どんどん先を歩いていく。 「どうした?」 「あのね、ずっと言えなかったから。ちゃんと、言わなきゃって思って」 葵はそんな前置きのあと、振り絞るように伝えてくれた。 「卒業、おめでとう」 本当はどこにも行ってほしくないはずなのに。健気な態度が遥の胸を締め付ける。 「ありがとう、葵ちゃん」 返事と共に、葵を抱き寄せ、触れるだけのキスをした。 このまま攫ってしまおうか。そんな思いが再び込み上げてはきたけれど、数日後には遠く離れた場所に向かうことが決まっている。そこまで身勝手で無責任な男にはなれなかった。 「葵ちゃんが卒業する頃には、迎えに来れるかな?」 手を繋いで前を歩く友人たちを共に追いかけながら、遥はそんな疑問を投げかけてみる。葵が周囲からの愛情を受け入れ、その上で遥の手を取ってくれる。そんな未来が二年後には訪れるのだろうかと。 「それまで会えないってこと?」 「ちがうよ。葵ちゃんがいつ成長するだろうって話」 遥の答えに、葵は難しそうな顔をして口を噤んだ。きっとこの子のことだから、なかなか伸びない身長のことを悩み出したに違いない。 「二年じゃ無理かな」 「……牛乳、いっぱい飲むね」 ほらやっぱり、と遥は葵にバレないように笑う。こんなところも可愛くて仕方ない。 「僕が遥さんを迎えに行こうかな?大きくなって、飛行機に乗って」 「本当に?じゃあ期待していようかな」 そんな未来も悪くない。遥が肯定してやると、葵ははしゃぐように繋いだ手を大きく振って笑顔をみせた。 物理的な距離を離すのは遥自身にも、葵にも必要なこと。そう考えたから決心した。信頼できる存在がついてくれているとはいえ、まだまだ傷だらけの葵から目を離すのは怖くてたまらない。 どうか葵がこのままの笑顔で過ごせるように。 こちらを真っ直ぐに見上げて嬉しそうに微笑む葵を見つめ返しながら、遥はそんな願いを心の中で唱えるのだった。

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