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あじさい(京介×葵)4
教室に別れの挨拶が飛び交うなか、京介は迎えに来た母の姿を見つけて帰り支度を整える。葵にだけは声を掛けて帰ろうと思い辺りを見渡したが、なぜかその姿がどこにも見当たらなかった。
「ほら、チョコケーキ買ってきたよ」
京介が現れるのを待ち構えていた紗耶香は、大きな箱を掲げて笑いかけてくる。生クリームに赤いイチゴが乗ったケーキよりも、茶色いケーキのほうがかっこいいという京介のリクエストに応えてくれたらしい。
夜が一層楽しみになる気持ちと共に、葵にはこんな経験もないのだろうと切なさが溢れてきた。
「今日葵も呼んでいい?」
「葵ちゃん?呼ぶのはもちろんいいけど、来られるかしら」
紗耶香は二つ返事で快諾したが、葵の親の反応を想像して難しい顔になった。二人とも帰りが遅い日ならば抜け出せるかもしれないが、どちらかが家に居れば叶わない。
馨は表面上穏やかに振る舞っているが、葵が京介たちと遊ぶことを嫌がっている。服を汚したり、日焼けや怪我をしたりしないかを気にしているのだと穂高や紗耶香からは聞かされたことがある。
一方エレナは葵を家から追い出したがってはいるわりに、理不尽な理由で怒って連れ戻しにきたことは一度や二度の話ではない。京介たちが見ている前でも構わず葵に手を上げる姿は、思い出すだけでもやり場のない怒りが込み上げてくる。
「あいつ、どっか行っちゃったんだよ。今日迎えくんの?」
葵の親が幼稚園に来たことも、京介が知る限り数えるほどしかない。そのいずれも、迎えというよりは何かの用事で早退をさせるためにやってきただけだ。だからいつも穂高がやってくるか、それも難しい日は京介たちと共に帰ることになっていた。
「さぁ、今日は何も連絡もらってないけど。葵ちゃん探して聞いてみようか」
紗耶香の提案に頷き探し始めると、葵の姿は案外すぐに見つかった。建物の裏手にある花壇に向かってしゃがみこむ小さな影は間違いなく葵だった。
「葵!」
呼びかけると一瞬体を大きくびくつかせ、固まってしまう。怒られると思ったのかもしれない。振り向くことも出来ず丸くなって震える葵に近づくと、その理由を察した。葵の手は花壇に植えられた花を今まさに摘みとろうと広げられていたところだったのだ。
葵は花を勝手に摘もうとするなんて大胆な行動をとる性格ではない。よほど気に入ったのだろうか。白い花の名前を京介は知らない。でも葵が喜ぶならと京介も手を伸ばしたところで、背後から声が掛かった。
「京介」
「お坊ちゃま」
二人をそれぞれ呼ぶのは母と、そして黒い学生服を身に纏う少年、穂高だった。
京介にとって穂高は、普段接する機会が少ない年上のお兄さんだ。いつも優しく穏やかな彼は、それだけでより一層大人びて見え、京介にとっては憧れの存在でもあった。穂高が着ている“学ラン”でさえかっこよく映る。
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