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あじさい(京介×葵)6

いつもよりも早く仕事を切り上げた陽平が帰宅したのを合図に、家族全員が揃って食卓についた。京介の好物ばかりが並ぶテーブル。両親からはリクエスト通りのプレゼントを贈られ、兄からは京介が変身ベルトを身につけヒーローになったイラストを渡された。 どれも嬉しいものであるはずなのに、京介の意識は常に窓の外に飛んでしまう。 そうしてしばらく隣家を眺め続けていたからこそ、その異変にすぐ気が付くことが出来た。西名家と藤沢家を隔てている塀の隙間から、ひょっこりと白いものが見えている。目を凝らすとそれが人の手であることが分かった。 「葵?」 庭に飛び出した京介は一目散に塀へと駆け寄り、手の主に声を掛ける。 「……きょ、ちゃん?」 「おう、こっち見える?」 覗き込むよう指示すると、葵の蜂蜜色の瞳が隙間から見えた。 「何してんの?」 「これ、あげたくて」 そう言って葵が自分の眼前に掲げたのは、青紫色の紫陽花だった。これを隙間から押し込もうとして苦戦していたらしい。 「ぷれぜんと」 「俺に?」 葵は真っ直ぐにこちらを見つめ、頷いた。 誕生日がどういうものか、京介なりに懸命に行った説明を、葵はどこか上の空で聞いている気がした。だからこうして京介のために花を贈ろうと無茶な行動をとるなんて、思いもしなかった。 帰りに葵が花壇を見つめていたのも京介への贈り物を探していたからなのだろう。 花を贈られるなんてガラじゃないと思うが、相手が葵というだけで、早く受け取りたくて仕方がなくなる。 「門まで行くから。葵も来いよ」 塀の狭間に無理やりねじ込めば、せっかく綺麗に咲いている花が台無しになる。受け渡し場所を指定すると葵は戸惑いを見せたものの、大人しく塀から体を離した。 葵の住む家は背の高い門と塀に囲まれている。昼間はおとぎ話に出てくるお城のように見えるが、日が沈むと不気味な雰囲気が漂い始める。家からほとんど明かりが漏れてこないのも原因の一つだろう。 ふわふわとした素材の白いワンピースを纏う葵を柵越しに見ると、まるで牢屋に囚われたどこかの国のお姫様のようだ。ここから救い出してやりたいと何度思ったか分からない。 「きょうちゃん、おめでと」 柔らかな笑顔と共に鉄格子の合間から紫陽花が差し出された。 家族だけでなく、幼稚園のクラスメイトからも“おめでとう”を言われたけれど、葵の口からもたらされた言葉は一際特別に感じられる。京介はその感情の行き場をなくし、思わず紫陽花ごと葵の手を握り締めてしまった。 小さくて温かい手。その手にはところどころ紫色の痣が浮かんでいる。この屋敷で葵が酷い扱いを受けている証だった。

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