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あじさい(京介×葵)7
「穂高くんに聞いた?お前の誕生日のこと」
「“はちがつ”だって」
「ふーん、何日かは?」
首を振る葵に、少しだけがっかりさせられる。だが、中途半端ではありながらも、葵の誕生月は分かった。夏休み期間中ではあるが、隣に住んでいるからきっとこんな風に顔を合わせることは出来るはずだ。
「何ほしい?プレゼント」
用意できるものには限りがあるが、それでも葵の希望を聞きたい。出会ってから一年が経ったというのに、葵が好むものを把握できていないのは情けないが、本人に確認するのが一番だ。
だが葵は考えたこともなかったのか、京介の目を見つめ返したまま口を閉ざしてしまった。
「誕生日までに考えとけよ」
このままでは埒が明かない。京介がそうして助け舟を出したところ、葵は思いがけないことを口にした。
「きょうちゃんとあそびたいって、ぷれぜんと?」
「なに、そんなんでいいの?」
「うん」
自分と過ごしたいなんて言われて嬉しくないわけがない。京介だって同じことを考えていた。手を強く握れば、葵からも控えめに力を込めてくる。二人を隔てる門さえなければ、すぐにでも叶えてやれる願いのはずなのに。
嬉しさと同時に、悔しさが込み上げてくる。
「葵、絶対になんとかしてやるから」
京介の宣言に対し、葵は不思議そうな表情を浮かべる。でも受け入れるようにうっすらと口元が緩んだ。その仕草も京介の胸を打つ。
こんな風に葵と向き合い、触れ合える時間が永遠に続けばいい。そう思った時だった。激しいクラクションの音が静かな空間に響き渡った。慌てて背後を振り返ると、すぐそばに停まった一台の車が音の発信源だと分かる。
「……ママ」
葵の言葉通り、運転手が開いた後部座席のドアから現れたのは葵の母親、エレナだった。
彼女自身が光を放っているかと錯覚するほど美しい人。初めて会った時にはそう思ったけれど、今はただ京介にとって憎い存在でしかない。歩み寄ってくる彼女から葵を守るように仁王立ちの姿勢をとるものの、見向きもされない。
「何をしているの?」
そのたった一言で、繋いだままの葵の手から震えが伝わってくる。何かを言おうと口を開きかけるが、諦めたように唇を噛んで俯いてしまった。
「俺が呼んだんだ。葵はわるくない」
何を理由に葵が怒られるのか分からない。でも葵が家を抜け出したのは誕生日プレゼントを贈ろうとしたためだし、こうして用が済んだあとも引き止めていたのは京介だ。葵が責められるのは間違っている。
京介の主張を受け、エレナはようやくこちらを向いた。子供相手にも容赦無く、威圧するようなきつい視線を送ってくる。
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