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あじさい(京介×葵)8
「邪魔だわ、どきなさい」
エレナはそう言って、柵から手を覗かせる葵に構うことなく勢いよく門を開け放った。当然のように葵の軽い体は跳ね除けられ、手にしていた紫陽花がぽとりと地面に落ちた。
「……ッ」
鉄製の柵に腕を挟まれて痛んだのか、葵の眉はきつくひそめられ、目にも涙が溜まり始めた。
葵がこれ以上痛めつけられないよう、京介は咄嗟に庇うように抱き締めたが、そんな二人を見下ろすエレナの表情に温かさは微塵も感じられない。その姿は、京介が夢中になって毎週観ているヒーローの物語に出てくる悪役と通ずるものがある。
葵をこのまま帰せばきっとさらに酷い目に遭わされるに決まっている。走って逃げたとしても車ではすぐに追いつかれる。となれば、立ち向かって倒すしかない。京介は葵を庇いながら、腕にはめた時計型のアイテムのスイッチを押した。
静寂を破るようにヒーローの声と、変身する時の効果音が流れ始めた。でも京介には何の変化も訪れない。
「なぁに、そのおもちゃ。耳障りね」
氷のように冷たい声音で吐き捨てたエレナは、ふわりと裾を翻して玄関へと向かってしまった。そのあとを付き人のような男が慌てて着いていくが、彼もまたこちらには何の興味も示さない。
父は、本当に必要な時が来たらヒーローに変身出来るのだと言っていた。だから普段遊ぶ時には音が鳴るだけなのだと。それを信じていたのに、エレナを相手にしても何も変わらなかった。
葵を助けるためにリクエストしたプレゼントはちっとも役に立たないどころか、“おもちゃ”と鼻で笑われる始末。悔しくて、情けなくて堪らない。
「……きょうちゃん、だいじょぶ?」
挙句、黙り込む京介を心配して葵に声を掛けられる。一つ歳を取るだけでは足りないのだろうか。
「お前こそ平気か?見せてみ」
葵が自らの腕を抱き締めるような姿勢をとっていることに気が付いて促すと、真っ赤に擦れた痕を差し出してきた。
「ぱぱに、おこられちゃう」
「なんでだよ。葵はわるくねーだろ」
怪我の痛みよりも先に、父親を恐れて泣くなんて京介には理解しがたい。それでも放っておくことなど出来ず、もう一度目の前の体に腕を回した。
クラスで誰よりも小さな葵。こうして触れると柔らかな布越しに骨張った感触が伝わってきた。守らなくてはいけない存在だと思わせるには十分過ぎる。このまま家に帰せば、葵はきっとまた酷い目に遭うに違いない。
「葵、にげよう」
「……え?」
「いいから、早く」
エレナが出入りしたまま、門の錠は開け放たれている。周りに大人は誰もいない。こんなチャンスは滅多に訪れないだろう。京介が衝動のまま、戸惑う葵の手を握って駆け出そうとした時だった。
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