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あじさい(京介×葵)9
「お坊ちゃま!」
背後からの穂高の声でぴたりと足が止まる。駆け寄ってきた彼の息が切れているところを見ると、家中を探し回っていたのだと予想がついた。あのまま葵を連れてこの屋敷から逃げていたら、きっと穂高が怒られることになる。そう考えると、葵を助けるためとはいえ正しい選択肢ではない気がした。
「これは庭に咲いている紫陽花ですね。お坊ちゃまが京介くんに?」
煉瓦のポーチに落ちた紫陽花を取り上げ、穂高は葵に事の成り行きを確認しようとした。だが、葵は俯いて口を閉ざしてしまう。
「これ、かえしたほうが、いい?」
「いいえ。お坊ちゃまがせっかく用意したプレゼントですから。大事になさってください」
二人の雰囲気を見て京介が提案すると、穂高は予想に反して笑顔で紫陽花を差し出してくれた。落とされた衝撃で花びらの何枚かは潰れてしまっているが、青みがかった紫色の花は何よりも綺麗に見える。
早く家に帰るよう促されはしたものの、穂高は京介を叱るようなことはしなかった。それどころか、嬉しそうにさえ見えたのは不思議だった。
紫陽花を片手に家に帰ると、いつのまにか姿を消した今日の主役を探していた両親にはとてつもなく叱られた。でも京介にだって彼らに言いたいことがあった。
「変身できなかった!こんなのいらない!」
もらったばかりのプレゼントを陽平に突き返すと、怒り顔が困ったものへと変化する。
「葵くんに会いに行ってたのか?何があった?」
京介と視線を合わせるためにしゃがみこんできたけれど、素直に答える気にはなれない。陽平の脇をすり抜けて自室に逃げ込もうとすると呼び止めるように名を呼ばれたが、それにも反応を示さなかった。
ベッドに潜り込んでしばらく。ノックの音と共に誰かが部屋に入ってきた気配がする。でも京介は布団から顔を覗かせもしない。
「お花、しおれちゃうよ。ほら、水に浸けとこ」
やってきたのは両親のどちらでもなく、兄の冬耶だった。彼は京介が紫陽花を手にしていたのを見て、わざわざ水を張ったグラスを持ってきてくれたらしい。
葵の親への怒りや、不甲斐ない自分への苛立ちでむしゃくしゃしている気持ちは消えないが、せっかく葵から貰ったものを早々に枯らせたくはない。グラスを差し出し促すように微笑まれて、京介は大人しく握ったままの紫陽花を挿した。
「“おめでとう”もらえたんだ?良かったじゃん、京介」
「よくない!」
「なんで?」
葵を誘ったせいでエレナに叱られてしまった。新しい傷まで増やしてしまった。ちっとも良い出来事などではない。口を噤んだ京介に、冬耶は変わらない笑顔を向けてきた。
「……葵を助けたい」
「うん、俺も」
いつもにこやかな兄も、葵の家族に対しては敵意を向けているのが分かる。同調されると、冬耶に対しての意地は多少和らいだ。
「どうしたらいい?」
色んな大人から頭がいいとか、天才だとか持て囃されている賢い冬耶なら分かるはずだ。葵を助けるために何が必要なのか。だからこうして教えを乞いたくなる。
「強くなろう、京介。あと、多分お金も必要。それは俺が用意するから。京介は大きくなって、強くなって」
京介の肩を掴んでそう告げた冬耶は、いつになく真剣だった。だから言われなくても成長したいと願っているとか、そんな言葉は飲み込んだのだ。
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