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あじさい(京介×葵)10

* * * * * * 「もう十分でかくなったつもりなんだけどな」 あの日の夜、冬耶と交わしたやりとりまで振り返った京介は、天井に伸ばした己の手を見てそう呟く。 長身の部類に入る冬耶を抜かしたのはいつだっただろう。さすがにこれ以上大幅に伸びることはないだろうが、まだ微妙に成長している実感はある。 強くもなれているとは思う。今ならもしも目の前に馨やエレナ、そして彼らの使用人が現れようが、力では負けないだろう。 でも隣の家にはもう誰もいない。葵だけが取り残され、心をぐちゃぐちゃに壊された状態でうちにやってきた。再会した時、どれほど自分の無力さを呪ったか分からない。 少しずつ日常生活を送れるようになったけれど、葵はまだ親の亡霊に囚われて苦しんでいる。手の届く場所にいる敵なら倒してやれるのに、実体のないものをどう相手にしたらいいのだろう。 それに、葵を傷付ける存在は葵自身でもあった。今だって悪夢にうなされている様子の葵が自らの腕を口元に運ぶ仕草を見せ始めた。 「いい子だから、こっちで我慢しな」 成長しても小枝のように細い腕を押さえつけ、京介は代わりに自分の指を唇に当ててやる。噛み付く対象を得た葵は、初めは遠慮なく歯を立ててきた。痛いと思わなくはないが、これほどの力で腕を噛ませずに済んだことに安堵する気持ちのほうが大きい。 「……あ、あ、きょ、ちゃん」 「おいで、大丈夫だから」 異物を認識して覚醒し始めた葵をきつく抱き寄せると、葵からも腕が回ってきた。助けを求めるように縋ってくる体の全てを包み込んでやる。 「お前はどうやったら救われんのかね」 震える背中をさすりながら、誰にともなくぼやきたくもなる。あの家から葵を連れ出せばそれで済むと思っていたのに、問題はもっと根深かった。 父親に連れられていったほうが葵にとって幸せだったなんて思わないが、本当に葵を救えているのかが時折不安になるのも事実。 当時の葵が“あじさいみたい”と言って見せてきた紫色の痣。今はその体に一つも浮かんでいないけれど、心の傷が少しでも塞がっているかは疑問だ。こうしてうなされ、泣きじゃくる姿を見るたびに京介まで苦しさを覚える。 ねだられるままに与える“おまじない”も、京介に罪悪感を植え付けた。京介を信じて身を委ねる葵に欲情し、一方的に快楽を押し付けているなんて酷い話だ。けしかけたのは自分だというのに、勝手なものだと思う。 唇を深く重ね、恥ずかしがる葵のパジャマを剥ぎ取っていく。火照った肌を触れ合わせるたびに自然と軋むベッドの揺れが、サイドテーブルまで揺さぶる。 視界の端で紫陽花を閉じ込めたアクリルプレートがその存在を主張してきた。あの頃願ったようなヒーローにはもうなれないのかもしれない。でも今更どうしろというのだろう。 伸ばされた手を取り、今まで以上に長いキスを与える。それは咎めるように揺れる紫陽花から目を逸らすためだった。

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