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七夕(幸樹×葵)
期末試験の最終日。最後の科目である古典の解答用紙を適当に埋め、幸樹は誰よりも早く席を立つ。試験監督の教師は物言いたげな視線を向けてくるが、引き止めることはしなかった。
それは幸樹が生徒会役員だから。この学園であらゆる特権を与えられる身分は幸樹にとっては都合の良いものだった。けれど望んでこの立場を選んだわけではない。
素行不良と出席率の低さで進級どころか退学の危険さえあった幸樹を救ってくれたのは前年度の生徒会長。でもその代償として義務付けられた役員活動にはさして興味も湧かなかった。
特権だけを享受し、のらりくらりと逃げ回っていれば、いつかはその次に就任した新しい会長も幸樹を見限ると思ったのだけれど。一学期が終わろうとしても、冬耶は飽きもせず幸樹に声を掛けてくる。今日も試験が終わったら生徒会室に来いと呼び出されていた。
でも幸樹が足を向けるのは生徒会室のある特別棟ではなく、校舎の屋上。まだ試験時間中だし、屋根もなく真夏の日差しが降り注ぐ場所に好き好んでやってくる物好きな生徒はいない。
幸樹の求めていた静けさがそこにはあった。
給水塔の裏にかろうじてある日陰に寝転がり、慣れた手つきで煙草に火を付ける。独特の苦味が肺に広がってようやく苛立ちが落ち着いてくる。
今日が七夕だからと気を利かせたつもりなのか、古典の試験にはおまけとして今回の試験の範囲ではない設問が用意されていた。昔の人々が七夕をテーマに詠んだ和歌。ロマンチックな内容は、どれも幸樹の神経を逆撫でた。
しばらくしてチャイムが鳴ると、校内は途端にいつもの喧騒を取り戻す。今移動すれば確実に大勢の生徒たちの波に飲まれることになる。彼らの大半が寮に戻りきった頃を見計らって移動しよう。そんなことを考えていた幸樹の耳に、少し乱暴にドアノブが回る金属音が飛び込んでくる。
一つ年下の悪友がやってきたのだろう。
ここを喫煙所代わりにしている存在だという幸樹の予想は、半分ハズレた。その横に彼だけでなくもう一人、煙草とは無縁の優等生の姿があったのだ。
「珍しい組み合わせ。どったの?」
「お前のこと探してたから、連れてきた」
「それはそれは親切なことで」
幸樹が彼からも逃げ回っている事実を知っているはずなのに意地が悪い。嫌味と共に京介を睨みつければ、彼はちっとも気に留めていない素振りで胸ポケットから煙草とライターを取り出す。
「冬耶さんが呼んでる。行こう、幸ちゃん」
「俺がおらんでも仕事は出来るやろ」
「出し物の話があるから、絶対参加だって」
もうすぐ夏休みが始まるが、その先には学園の一大イベントである文化祭が待ち受けている。冬耶はそこで大掛かりなことを企画しているらしい。当然のように幸樹も巻き込もうとしているようだが、ハナから協力する気はない。
でもわざわざ迎えにやってきた奈央は逃がさないとばかりに幸樹の腕を捕まえてくる。振り払うのは簡単だが、そうすると今度はいよいよ魔王様がお出ましになる気がする。役員をクビにしてくれるのなら構わないが、その選択肢が彼になさそうなのが厄介なのだ。
“諦めろ”
京介はそう言って笑ってくる。助けてくれる気は全くないらしい。仕方なく、幸樹は奈央に連行されることを選んだ。
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