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七夕(幸樹×葵)2
文化祭に向けての話し合い。そう聞かされていたが、辿り着いた先の生徒会室はいつもと随分様変わりしていた。
まず目を引くのは窓辺に立てかけられた大きな笹。この時期は街中でも目にする機会も多いし、寮のエントランスにも飾られる代物だ。イベント好きの冬耶が用意したのだろうが、生憎この行事を好ましく思わない幸樹にとっては、今すぐに帰りたい気分にさせるもの。
それに、室内には冬耶と遥以外の役員の姿が見当たらない。通常の生徒会活動ではないようだ。それならただ単に幸樹へのお説教か。そう思うとますます誘いに乗ったことを後悔したくなる。
だが、冬耶の指示は机の上いっぱいに広がった七夕飾りを笹に付けろという突拍子もないものだった。
「踏み台いらずの身長なんだから、このぐらいはちゃちゃっと手伝ってよ」
「……それで呼んだんちゃいますよね?」
自分だって十分長身だというのに、幸樹に頼んでくるなんて他に意図があるとしか思えない。疑ってかかれば、彼はいつもの朗らかな笑みで折り紙で作られた飾りを直接手渡してきた。
折り紙に切り込みを入れて作った提灯や吹き流しのほか、星を繋いで作ったリースや、織姫や彦星の姿まである。派手好きな冬耶にしては控えめな色味だし、手先がとびきり器用な遥にしては少々不格好だ。一体これの作者は誰なのか。
手にした飾りを見つめながら悩んでいると、冬耶はその疑問を汲み取って答えを教えてくれる。
「可愛いだろ。ほとんどあーちゃんが作ったんだよ」
彼が甘ったるい呼び名で可愛がる存在のことはもちろん知っている。つい先ほど別れた京介もやたらと話題に上げるから、直接の面識はほとんどない割に情報だけは豊富に抱えている状態だ。
確かにあの子ならこの子供っぽいイベントに喜んで参加しそうだし、一つ一つの飾りを丁寧に作る姿が目に浮かぶ。
「大事に飾ってくれよ」
そのあいだ彼らは仕事をすると言って、ソファセットに向かってしまった。窓辺に一人取り残された幸樹は、笹と飾りを見比べてしばし思案するが、葵の名を出されるとどうにも投げ出しづらい。
幸樹がやらなかったところで、この飾りが無駄になるわけではなく、冬耶がその役目を負うだけなのはわかっているのだけれど。
飾りの一つを笹に括り付けると、その重みで枝がしなる。なるほど、全体のバランスを考えながら飾っていくのは案外単純な作業ではないらしい。幸樹自身にこだわりがあるわけではないが、これを作ったあの子の思いを雑に扱うのは気が引けた。
“ごはんをたくさん食べられますように”
“京ちゃんぐらい大きくなれますように”
飾りに混ざっていた短冊には、少し丸みを帯びた字でこんな願い事が書かれていた。
そういえば葵は随分と小柄で華奢だった。いつも一人前の食事を食べきれず、京介が手伝ってやっているのだと、愚痴だか惚気なのだか分からないことも聞かされていた。
しかしもしも願いが叶って京介並みの長身になってしまったら、彼は今までと変わらぬ愛情を注げるのだろうか。幸樹は妙な悪戯心が湧いて、その短冊を出来るだけ高い位置にぶらさげてやった。こんなまやかしを信じているわけではないが、より高い位置にある願いのほうが天に届きやすい気がしたからだ。
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