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七夕(幸樹×葵)3

全ての飾り付けを終えると、冬耶は満足そうに笑って別れを告げてきた。てっきりこのあと本題があるだろうと構えていた幸樹は拍子抜けさせられる。 でも去り際に労をねぎらう言葉と共に、今夜中庭でささやかな宴を開くのだと教えられた。都合が合えばおいでと誘われ、幸樹は曖昧に笑って部屋を出た。 そのまま一度は学園を後にし、拠点として使っているマンションに戻ったものの、ことあるごとにふと冬耶の言葉を思い出してしまう。今夜の集まりには当然葵も参加するだろう。自分の作った飾りで彩られた笹を見たら笑顔になるのか、それとも思ったような仕上がりでないと悲しむのか。 幸樹はただ頼まれたことをこなしただけなのだから気に病む必要はない。頭では分かっていても、葵の反応がやたらと気になってしまう。 結局幸樹は日が沈んだのを合図に、学園に舞い戻ることを選んだ。とはいえ、堂々と参加するつもりはない。ほんの少し、あの子の様子が窺えればそれで満足だ。 出来るだけこちらの姿が見つからないよう、幸樹は中庭から少し離れた場所に足を向けた。幸樹がやってくる少し前から会は始まっていたらしい。カラフルな飾りの付いた笹の周りにシートを敷いて、談笑している冬耶と遥、そして葵の姿が見える。食事も持ち込んでいるのか、時折何かを頬張っているのも確認できた。 少なくとも葵の機嫌は良さそうだ。それが分かっただけで安堵させられる。 これで目的は果たされた。彼らに見つからないうちに立ち去ろう。そう思ってくるりと体を反転させると、すぐ後ろに訝しげな顔をした友人が立っていた。 「何覗いてんだよ」 「いや、これはその……たまたま?」 どうやら彼もあの会に参加していたらしい。手にしていたお茶やジュースのペットボトルを見て、買い出しに出掛けていたのだと察する。 「飯まだなら来れば?遥さんが気合い入れたおかげで、俺らじゃ消費しきれねぇから」 下手な言い訳を追及することなく、京介はそれが当たり前かのように幸樹に声を掛けてくる。だが、幼い頃から家族同然の付き合いをしている彼らの中に加わるなんて、苦行でしかない。そうでなくたって複数人が集まる場は苦手なのだから。 京介も幸樹のその性格をよく理解している。だから幸樹がバツの悪そうな顔を浮かべるのを見て、それ以上無理に誘おうとはしなかった。 「本当はさ、誕生日会したいって言い出してたんだよ」 「……誰が?」 「葵。お前が七夕誕生日だっつー話したら、やろうって」 京介とつるんでいると葵がやってきたり、その逆で幸樹が京介を誘い出す傍に葵がいたり。そこで二言、三言、会話する程度の関係だ。少なくとも親しい間柄とは言い難いものだと思っている。だから葵が幸樹の誕生日を祝いたがるなんて意外な話だった。 「あいつは七夕好きだから。一緒に出来たら楽しいはずって、そのぐらいの感覚だと思う。まぁさすがにお前はそういうの嫌いだろうから、断っといたけど」 京介は良かれと思って対応してくれたに違いない。誕生日を祝われるなんてガラじゃないのも確か。でも直接的でないにしろ、あの子の提案を断ったことにわずかな罪悪感が芽生える。 「七夕好きなんや。願い事したいから?」 幸樹は誕生日に関しての話題には触れず、葵がこの行事を好む理由に触れてみる。成長を願う他にも、葵はいくつも短冊をこしらえていた。健康とか家族の幸せを願う、謙虚な内容ばかりだ。

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