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七夕(幸樹×葵)4
「どうだろ。あそこまで色々書き出したのは最近だけどな。ずっと白紙で、その次は“星になりたい”しか書いてなかったし」
「……星?それって」
「あぁ、いや、昔っから星空が好きだから」
京介はそう言って誤魔化したが、それがかえって確信を与えた。星は死の比喩表現として使われる。京介や兄のように慕う存在たちの前では無邪気な印象が強い葵が、何かしらの事情を抱えていることは知っている。
そんな葵が、純粋にこの行事を楽しめるようになったのは彼らが根気よく向き合ってきたおかげなのだろう。ささやかではあるけれど、葵にとって大事な日の演出を手伝えて良かったと思えてくる。
でもやはり幸樹が巻き込まれた理由が分からない。
「なぁ、なんであの子に飾り付けさせなかったん?そこも含めて楽しいもんちゃうの?」
きっと折り紙で飾りを作りながら、それらが笹を彩る姿を想像していたはずだ。精一杯背伸びしながら準備に勤しむ姿が容易に浮かぶ。葵の楽しみをむやみに奪ってしまった気がしてならない。
だが京介曰く、それも葵の提案だったらしい。
「お前七夕嫌いだっつってたじゃん。それ話したら、飾り付けが一番楽しい時間だからやってみたら好きになるかも、って」
「なんなんそれ」
「一応俺は止めたけどな?兄貴が乗っかったから、どうしようもなかった」
ということは、屋上にやってきた時点で、幸樹がその先巻き込まれる事態を彼は知っていたというわけだ。もしかしたら奈央も、だろうか。
「結構真面目にやってたらしいけど、どうなの?楽しかった?」
幸樹がまんまと葵の術中にハマったことを京介は面白がっているようだ。ニヤニヤとした笑いを浮かべて、小突いてくる。癪だが、ここで楽しくなかったと言って葵に伝わってしまうのが心配だ。
「楽しくないわけちゃうけど、ああいう作業は苦手やな。壊さんように気使わなアカンし」
少し矛先を変えた返答をしてみたが、京介は相変わらず一連の出来事を面白がるように笑っていた。
「んじゃそろそろ行くわ」
「おう、楽しんで」
賑やかな輪に戻ろうとする京介を引き止めるつもりはない。幸樹も彼に手を上げて別れを告げる。
「あぁ、そうだ。おめでと」
数歩進んだ先で、京介は軽く振り返って今日の日を祝う言葉を贈ってきた。
「もうタメちゃうねんから、敬語使え」
自分たちは学年が一つ違うけれど、たった二週間足らずの期間、年齢が同じになる。その事実を使って言い返してみると、彼は笑いながら今度こそ立ち去っていった。
その先を見届けると、葵が幼馴染の帰りを喜ぶ姿を見ることが出来る。両手を上げて抱きつきに行くなんてわかりやすい愛情表現を満更でもない顔で受け入れる京介は、普段の姿からは想像がつかない。
京介だけでなく、冬耶、遥にとっても特別な存在である葵。彼らが事あるごとに話題に出すおかげで、つい目がいくようになってしまった。
今回は思いがけず接点が生まれたが、この先今以上に距離が縮まることはないはずだ。来年の七夕にまた声が掛かるかもしれない、その程度の関係性。
まるで一年に一度しか会えないあの伝説のようだ。
「……気色悪いこと考えてもーた」
あれほど嫌っていたロマンチックな風習を、自らになぞらえるなんて。
幸樹は頭をよぎった妄想を打ち払うために煙草に火をつける。でも、先から立ちのぼる煙が空に流れていく様はさながら天の川か、なんてまた性懲りも無く考えてしまう。
一体自分はどうしてしまったのか。戸惑いは覚えるが、不思議と嫌な気はしなかった。こんな日も悪くない。そう思えたのは久しぶりかもしれない。
遠目でもはっきりと分かった葵の笑顔を思い出しながら、幸樹はもう一度白い煙を吐き出した。
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