5 / 83
嵐の夜に3
遙side
「えーっと…家は?もう真っ暗だし、送ってってやるよ」
さっきのコイツの返答で、会話のキャッチボールがなっていないと判断した俺は、言い方を変えて同じ内容を言った。
「……ない」
それでもない、としか言わないので、別の質問を投げかける。
「じゃ、じゃあ…名前は?」
「ない…」
可愛らしい声のソイツは、やはり予想外の答えを返してくる。
確実に警察に電話した方がよさそうだが、変なヤツがいるとしか通報が出来ないのも困るよな…
記憶喪失という場合もないこともないか…
「えーっと、何て呼ばれてた…とか、無いのか?」
「オレ、ずっと前までシェルターに入れられてた…」
そこでは、ソイツはCO2って呼ばれていたらしい。
何で化学式なんだよ……?何だか妙だな。
その不思議なことを本当だと仮定すると、全て嘘のような本当の話にも聞こえなくはない。
「じゃあ、そこに帰ろう」
「嫌だ…戻りたくないっ、何でもするからっ!お願い……」
力なく受け答えしていたのに、それを言うと血相を変え、しゃがんでいた俺の手を両手で掴み声を張り必死に懇願してきた。
恐怖に怯えた目で見詰められれば分かったと頷くしかなかった。
「行くとこないなら、俺のところに来るか?」
こんなことしてても埒があかないしな。
「……い、いいの?」
「こんな嵐の中に放っておけないからな」
こんなヤツを放っておくとどんな輩に襲われるか分からない。
とにかく保護のためにはそれしか考えられなかった。
「名前が無いと困るよな…んー」
少し考えた末、口を開いた。
「よし、今からお前の名前はココだ」
CO2からとった安直な名前だが、今の間だけだし、構わないだろう。
「こ…こ?」
「そうだ、ココだ。俺は朝日奈遙。遙でいいよ」
「うん」
ココは嬉しそうな声音で頷いた。
男なのにずいぶんと可愛らしいし、どこか幼さを感じさせる。
コイツの身に一体何が起こったのかは分からないが、とにかく放ってはおけなかった。
どうやら、俺はまだ優しさを持ち合わせているらしい。
ともだちにシェアしよう!