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第1―3話
最近、日和と横澤の様子がおかしい。
桐嶋は横澤の手料理の夕食を三人で食べながら、横澤と日和に目をやる。
日和が学校であったこと、友達と遊んだことなどを楽しそうに桐嶋と横澤に話している。
横澤も桐嶋にはなかなか見せてくれない笑顔を浮べて、ウンウンと頷いたり、ツッコミを入れたりして楽しそうだ。
「お父さん、どうしたの?」
全然話しに乗ってこない桐嶋を、日和が不思議そうに見上げる。
「いや…ちょっと疲れてるみたいだ」
桐嶋は日和を安心させるように微笑む。
横澤が楽しそうな様子から一転、心配そうに桐嶋を見る。
「じゃあ酒はもうやめとけ。
風呂上がりに疲労回復に良いフレッシュジュースを作ってやるから、それ飲んで今夜は早く寝ろ」
今夜も丸川のお母さんは健在だ。
「ああ、サンキュ」
桐嶋の微笑みに、横澤がぼぼっと赤くなる。
「あ、そうだ!
お父さん、今日LINEに貼った四葉のクローバー見た?
あれ待ち受けにしたら元気でるかも!」
そう、桐嶋を悩ませているのは、そのLINEだった。
二週間ほど前の休日、桐嶋がソファでソラ太を抱いてのんびりしていると、日和と横澤がやってきた。
確か二人は林檎入りのプリンを作ると言って、キッチンに篭っていた筈だ。
「お、もう出来上がったのか?」
桐嶋が体勢を変えると、ソラ太が桐嶋の膝から降りて日和の足元に行き、甘えるように身体を擦り付ける。
「今ね、冷蔵庫で冷やしてるの!
それでね、お父さんにお願いがあるんだけど」
「うん?何だ?」
「お父さんとお兄ちゃんと私でLINEのグループ作っちゃ駄目かなあ?
きっとすっごく楽しいと思うんだ!」
「LINEのグループか…」
それはそれで便利だな、と桐嶋は思う。
帰り時間とか連絡事項を日和と横澤に一斉メールしなくても、グループトークしておけばアドレス入力もいらず一発で済む。
逆に日和と横澤も同じく便利だろう。
「よし!やってみるか」
桐嶋がにっこり笑ってスマホを手にする。
その時、桐嶋は閃いた。
メールするまででは無いが、ちょっとした日常を、三人でリアルタイムでやり取りするのって…超楽しそうじゃないか!?
桐嶋のテンションが一気に上がる。
「グループ名は『ソラ太家』にしよう!」
「お、お父さん…それと…」
「安心しろ、ひよ。
グループはお父さんが今すぐ作るから!」
「あ、あの…」
「ひよも横澤も招待したら直ぐに参加しろよ~!」
桐嶋はそそくさとスマホをフリックするのだった。
そうして作ったグループ『ソラ太家』は順調だ。
特に日和はトークだけでなく、友達と遊んでる様子などの写真を貼り付けてくる。
桐嶋の疲労困憊の身体に日和の笑顔が染み渡る。
横澤も桐嶋が『疲れた~。これから昼飯だぜー』などとトークすると、ゆるキャラの『お疲れ様です』スタンプを押して来たりする。
横澤のかわいい一面を新たに知って、桐嶋の頬は緩む。
そんなある日、桐嶋の部下がこれから営業部に行ってきますと言うので、桐嶋は代わりに行ってきてやるよと言って、恐縮する部下から書類を奪い営業部に向かった。
横澤は訪問先の都合で外勤が無くなり、今日は一日中内勤になったのだ。
それも昼休みにLINEで横澤がトークして、桐嶋は知った。
最後に『営業行きたいよ~』というトークと、項垂れてショボンとしているクマのキャラクターのスタンプのかわいいことと言ったら!!
ズッキューン。
桐嶋のハートが撃ち抜かれる。
かわい過ぎるだろ、隆史!!
あー会いたい。うー顔が見たい。
と悶々としていた桐嶋に降ってきた幸運。
仕事も一段落したし、一緒に一服して誰も居なかったらキスくらいいいよなっ!
勝手な妄想を膨らませながら営業部に行くと、横澤は休憩に出ているとの事だった。
少しガッカリしたが、どうせ喫煙室に行くつもりだったんだからと、担当者に書類を手渡し、桐嶋は足取りも軽く喫煙室に向かう。
ところが喫煙室には誰もいない。
とすれば、禁煙の休憩室にいると言うことか?
なぜ?
まあ理由は会えば分かるだろうと、桐嶋は次に休憩室に向かう。
すると。
横澤は休憩室の一番隅の二人がけのテーブルにいた。
思わず桐嶋の足が止まる。
横澤の前にエメラルド編集部の羽鳥いる。
いや、羽鳥がいたっていい。
だが二人はお互いのスマホを見せ合い、もの凄く接近してコソコソ話している。
まるで、キスする距離だ。
桐嶋はツカツカと足早に横澤のいるテーブルに到着すると、横澤の腕を掴み「横澤」と呼んだ。
横澤がビクッとして次の瞬間立ち上がる。
「ききき桐嶋さんっ!?
何でここに…」
「それを聞きたいのは俺だ。
お前こそ、ここで何してる」
真っ赤になった横澤が、桐嶋の鋭い声に今度は真っ青になる。
「え、えと…」
言葉に詰まる横澤に、羽鳥がスマホをジャケットにしまい、立ち上がる。
「桐嶋さん、お疲れさまです。
偶然、横澤さんに会ったので、次の販促の相談に乗って貰っていたんです。
自分は煙草が吸えないので、横澤さんが気を使って下さって」
羽鳥はポーカーフェイスを崩さず、よどみ無く一気に言った。
その態度も桐嶋は気に入らない。
まるで自分が現れた時の言い訳を、事前に考えていたようで。
「…そうか」
「はい。じゃあ俺はこれで失礼します。
横澤さん、ありがとうございました。」
羽鳥は二人に丁寧に一礼すると、休憩室を出て行く。
結局、桐嶋が横澤を喫煙室に引っ張って行って問い詰めても、横澤も販促の相談に乗っていただけだと繰り返すだけ。
データまで見せられる。
だがその手のデータなら、横澤のスマホには無数に入っている。
それに話の内容には納得するとしても、羽鳥とのあの距離は納得出来ない。
そう訊く桐嶋に
「まだおおやけに出来ない、企画にもなってない構想段階の相談だから、自然とコソコソしちゃったんだよな!」
横澤はわざとらしく陽気に笑う。
桐嶋は「ふーん」と不機嫌丸出しで煙を吐く。
だが横澤の話は筋が通っているし、何より後ろめたい感じが全くしない。
嫉妬か?
あんなに近くに、誰かと一緒にいる横澤を見たのは久しぶりだったから…。
桐嶋は困り顔でこちらをチラチラと見てくる横澤にフッと笑い、横澤のネクタイを引っ張ると、一瞬唇を重ねた。
キスの後、桐嶋は横澤にギャーギャー怒られたが、それはいつもの横澤で、桐嶋はやっぱり自分の勘違いだったと納得した。
それからは横澤と羽鳥が二人きりでいる所を見ることも無かったし、横澤もほぼ毎日桐嶋のマンションに帰宅している。
そんな何でも無い、平和な平日の夕食時。
日和と横澤のスマホが、同時にLINEの着信音を響かせた。
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