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第1―4話
日和と横澤がバシッと視線を合わせたかと思うと、それぞれのスマホに目をやる。
食卓に突然訪れた沈黙に、桐嶋が口を開いた。
「横澤、LINE確認しなくていいのか?
仕事絡みかもしんねーぞ」
「そ、そうだな…」
最近はそれ程重要では無い連絡事項、例えば『企画書をパソコンにメールしておきました。明日確認お願いします』くらいならLINEしてくるやつも増えた。
飲み会の誘いなんかは大抵LINEだ。
確か横澤の所属課でもグループを作っている筈だ。
「じゃあちょっと失礼して」
横澤は立ち上がると、そそくさとキッチンに向かう。
日和はスマホが気になるらしいが、桐嶋家では食事中にスマホを触ってはいけない決まりになっているので、食事に集中している。
すると1分も経たない内に、横澤が戻ってきた。
「仕事じゃなかった。
悪かったな食事中に」
横澤が桐嶋に申し訳無さそうに言うが、横澤の機嫌の良さは伝わって来る。
「友達か?」
桐嶋は別に深い意味があって訊いたのではない。
話の流れ上、世間話的に訊いたまでだ。
だが、横澤は真っ赤になって目を泳がす。
「そ、そう友達だ!
でも大したことじゃないからっ!」
桐嶋がポカンと横澤を見ていると、日和が「ごちそうさまでした!」と元気良く言って、使った食器をキッチンに運んで行く。
すると日和はダッシュでダイニングテーブルに戻って来たかと思うと、スマホを掴んでそのまま自室に入ってしまった。
桐嶋は首を捻りながら、食事を再開した。
それから数日、桐嶋は仕事に追われながらも、頭の片隅では、先日の夕食時の光景が何度も繰り返されていた。
横澤も日和も明らかに様子がおかしかった。
だが、一番の疑問は、横澤と日和に同時に届いたLINEだ。
あんな偶然があるだろうか?
桐嶋はここのところ多忙で、日和と横澤と一緒に夕食を取ったのは、あの夜以来一度しかない。
日和の世話は横澤が献身的に見てくれているので問題無いが、桐嶋は日和と横澤とは生活サイクルがまるっきりズレてしまって、会っても挨拶程度で、まともに話すことすらままならない。
しかも横澤は出勤していても、大型書店のフェアが重なっているとかで外回りが多く、桐嶋と会社で顔を合わすことも無い。
こうなると『ソラ太家』を作っておいて良かったな、と桐嶋はしみじみ思う。
それにしてもあの時、日和と横澤に同時に届いたLINEは…。
その時桐嶋は、オーバーワークのせいか、この小さな棘が刺さったような状態が突然我慢出来なくなった。
「おい、加藤ちょっといいか?」
桐嶋に呼ばれて加藤がさっと席を立ち、桐嶋のデスクにやって来る。
「何でしょうか?」
「いや、ちょっと気になったことがあって。
なあLINEが同時に二つのスマホに届く事ってあり得るか?」
「あり得るでしょうね」
加藤がアッサリ答える。
「どんな時に!?」
「どんなって…桐嶋さんもグループトークやってますよね?
誰かがグループにトークすれば、同時にグループのメンバーに届くでしょう?」
「……そうだな」
「それが何か?」
「いや、別に。大したことじゃない。
ありがとう」
「あ、はい」
加藤が不思議そうな顔をして、自分のデスクに戻って行く。
桐嶋は頬杖を付きながら考える。
あの時、LINEが同時に届いたのは日和と横澤だけだった。
桐嶋のスマホには届いていない。
つまり桐嶋達三人のグループ『ソラ太家』に誰かがトークした訳ではないのだ。
それは当然だ。
『ソラ太家』のメンバー、桐嶋・日和・横澤は食事中で、誰もトークなどしていないのだから。
つまり、日和と横澤は桐嶋では無い誰かともうひとつグループを作っていて、その誰かがあの時グループトークしたということだ。
これは桐嶋家の一大事だぞ…!
桐嶋はガタッと音を立てて立ち上がると、ジャプン編集部を出て行く。
その余りの勢いに、誰も声をかける者などいない。
桐嶋は喫煙室に入ると忙しなく煙草に火を点け、思い切り吸い込む。
スパスパと煙を吐きながら、桐嶋は考える。
つまり、日和と横澤は桐嶋に内緒で、LINEのグループを、桐嶋に言えない誰かと作っているということだ。
けれど。
日和は新たな相手とLINEを始める時には、必ず桐嶋にやってもいいか確認を取る。
そういう約束でLINEを始めてもいいと許可したからだ。
LINEをやれば電話番号などの個人情報が相手に伝わる。
まだ10才の子供の日和にとって、絶対安全なツールとは言えないのだ。
そんな日和だから『ソラ太家』を作る時でさえ、桐嶋に確認を取ったのに。
それに横澤も一緒にやっているというのが信じられない。
横澤だったら、日和が勝手に新たな相手とLINEを始めようとしたら、しかもグループまで作ろうとしたら絶対止めるだろう。
そしてきちんと叱って、その後桐嶋に報告してくれる筈だ。
横澤が日和を危険にさらすことに加担するなんて、絶対あり得ない。
日和と横澤が仲良く並んでキッチンに立つ姿が桐嶋の脳裏に浮かぶ。
『お父さん、出来たよー!』
日和の太陽みたいな笑顔。
『桐嶋さん、出来たぞ』
横澤のいつまで経っても変わらない照れ臭そうな顔。
あの二人が自分を裏切っているなんて…。
頭に昇っていた血がスッと冷える。
桐嶋は泣きたいような笑いたいような自分の気持ちを持て余す。
そして二本目の煙草に火を点けた時、「桐嶋さん、お疲れ様です」と高野が喫煙室に入って来た。
桐嶋は高野の顔を見て、横澤の顔が瞬時に浮かんだ。
そうだ…!
高野がいるじゃないか!
横澤の親友の!
高野なら何か知ってるかも知れない。
桐嶋が早急に相談がある、自分は18時からだったら1時間くらいなら時間が取れると言うと、高野もその時間なら自分も席を外せますと言ってくれた。
そしてその日の18時。
桐嶋と高野は丸川書店のすぐ側のカフェにいた。
話は1時間もかからず終わった。
二人は丸川書店に戻ると、それぞれの編集部に向かう。
桐嶋は編集長席に着くとスマホを取り出す。
LINEの『ソラ太家』にトークすると、スマホをデスクに置いて仕事を再開した。
その頃、桐嶋宅では。
「お兄ちゃん!お父さんからのLINE見た!?」
日和がスマホを持ってクスクス笑いながら、横澤のいるキッチンにやって来る。
「ん?今、火を使ってたからな。
見てないが…どうかしたか?」
「ほら!」
日和がLINEの『ソラ太家』の画面を横澤に向ける。
横澤は一瞬で真っ赤っかになった。
このところ、連絡事項くらいしかトークして来ていなかった桐嶋のトークは。
『日和!隆史!世界で一番愛してる!!』
そしてゆるキャラが飛び跳ねて『LOVE』の文字を散りばめているスタンプが貼られていたのだった。
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