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第1―7話
「やっぱりエメ編はかわいいな~。
ジャプンとは大違いだ。
うちの娘が見たら超喜ぶだろうなあ」
桐嶋が高野のデスクの前でニコニコとエメラルド編集部を見渡したかと思うと、さっとコンビニ袋を高野のデスクに置く。
「桐嶋さん…」
高野は珍しく困り切った顔だ。
「もう煙草の差し入れは結構です。
今までありがとうございました」
そうコンビニ袋の中身は、高野が吸う煙草の銘柄がワンカートン入っている。
桐嶋からの『差し入れ』という名の『お礼』はこれで三度目だ。
だが、仕事以外では浮かれてお花畑にいる桐嶋には通用しない。
「そうだな。
毎回高野だけに煙草っていうのも芸が無いよな!
エメ編で流行ってるお菓子とかあるか?」
「桐嶋さん」
高野が声を落として言う。
「そんな事をしたら『エンジェル』に気付かれる可能性があります。
もう大人しくしていた方がいいかと」
桐嶋がサーッと青ざめる。
「そ、そうだな…。
じゃあ俺はジャプンに戻る!
またな!」
桐嶋がダッシュでエメラルド編集部から出て行く。
「桐嶋さん、最近よく高野さんの所に来るけど、何かあったの?」
木佐が汁粉ドリンクを飲みながら訊く。
「大したことじゃない。
桐嶋さんが探してた資料を俺がたまたま見付けたから…。
予想外に感謝してくれて」
そう、まさに予想外。
桐嶋さんがあんなに喜び浮かれるとは…丸川書店で知っているのは俺くらいだろう…。
あの井坂さんですら想像出来まい。
高野はネームに赤を入れながら、桐嶋から至急相談がしたいと頼まれた日を思い出していた。
桐嶋と高野が待ち合わせたカフェで対面すると、桐嶋は忙しなく、娘と横澤とLINEのグループ『ソラ太家』を作ったことから、娘と横澤が『ソラ太家』とは別に桐嶋に内緒で、桐嶋に言えない誰かと、グループを作っていると話した。
そして高野に何か心当たりは無いだろうかと。
高野は確かに心当たりがある。
だが全ては桐嶋のこれからの行動にかかっている。
高野は分からない事もあるが、知っている事は話すと、桐嶋に言った。
桐嶋がホッと息を吐く。
「ただし」
高野は厳しい声で続けた。
「俺の話を聞いたからと言って、娘さんと横澤に対する態度を変えないと約束して下さい」
桐嶋は静かな声で「分かった」と言った。
話は1年前のバレンタインデーに遡る。
日和は横澤とガトーショコラを作った。
それは物凄く良い出来で、ラッピングもかわいくて出来て日和も満足していた。
だが、翌日登校して愕然とした。
クラスメイトのバレンタインデーは、まるでパーティーのようだったのだ。
「お母さんがお父さんをビックリさせようって、お姉ちゃんと私、仮装までさせられたんだよー」
「うちなんてパパ感動して泣いちゃった!」
クラスメイトの動画や写真にはチョコレートのケーキやお菓子を中心にご馳走まで並んでいる。
日和は横澤にバレンタインデー当日『お父さんに内緒で早く家に来て』とメールをして、横澤の帰りを待ってからお菓子作りを始めたから、事前に仮装をして桐嶋を驚かすとか、ご馳走を作るなんて考えもしなかった。
ガトーショコラが上手に出来上がって、翌朝桐嶋から「ひよ、ありがとな!最高に美味かった!」と言われただけで大満足だった。
けれど、クラスメイトのバレンタインデーの様子を聞いて、画像や動画を見てみると、何となく寂しかった。
みんな、お母さんと色々相談したんだろうな…
その時、日和の頭に横澤がパッと浮かんだ。
お母さんがいなくても、私にはお兄ちゃんがいる!!
そこで今年になって、早速日和は横澤にその事を話した。
横澤は目を真っ赤にして潤ませながら「よーし!今年は桐嶋さんが驚いて、腰を抜かすくらいのバレンタインデーにしよう!」と笑った。
だが冷静になって考えてみると、横澤には仕事もあるし日和と二人だけでは、心許ない。
せめて料理の上手なやつを仲間に引き入れられないだろうか?
それでアイデアを出し合えば何とかなるんじゃないか!?
しかし、次の壁にぶつかった。
連絡方法だ。
できればLINEでグループを作りたい。
LINEでグループを作れば、良いアイデアが浮かべば直ぐにトークすればいいし、かなりの手間が省けるだろう。
それに横澤には良い候補者が既に頭に浮かんでいた。
問題は日和の個人情報を漏らさないことだが、こちらも調べてみれば、直ぐにやり方が分かった。
後は桐嶋の了承を取るだけ。
ところがここで日和が意外なことを言い出した。
バレンタインデーが終わるまで、桐嶋に計画を内緒にしたいと言い出したのだ。
日和は余程、去年の同級生のバレンタインパーティーが羨ましかったのだろう。
横澤の胸が一杯になる。
その時、日和と横澤は「あっ!」と顔を見合わせた。
桐嶋にまず、LINEのグループの便利さを実感してもらえばいいのだ。
まず、桐嶋と日和と横澤でグループを作って活用する。
そうすれば、桐嶋もなぜ日和と横澤がバレンタインデーの為に別にグループを作ったか分かってくれるだろう。
そして桐嶋に、桐嶋と日和と横澤でグループを作っていいか、確認した日。
日和はそれでも桐嶋に事前に話した方がいいかな、と思っていたのだ。
だが、桐嶋のテンションの高さに言い出せずに終わったのだった…。
桐嶋はハンカチで目元を押さえると微笑んだ。
「それで良い候補者というのは?」
「実はこの段階になって横澤は俺に相談してきたんです。
こいつで良いよなって、確認ですね。
俺は勿論賛成しました。
でも桐嶋さんには教えられません」
「……なぜだ?」
「そいつはエメ編の編集者なんです。
桐嶋さんが少しでもおかしな態度をそいつに見せたら、娘さんや横澤に筒抜けになってしまって、あんなに楽しみにしている計画が台無しになってしまいます」
「…そうか…それもそうだな。
だがやはり心配だ。
そいつは日和や横澤に何て呼ばれてるんだ?」
高野は一呼吸置くと生真面目な顔で「エンジェルです」と答えた。
羽鳥が柳瀬に電話をした二日後。
羽鳥はブックスまりもから遠くは無いが、かなり分かりづらい位置にあるカフェにいた。
指定して来たのは柳瀬だ。
まあ分かりづらい場所だけあって、混みあってはいないので、話をするには良い場所だろう。
羽鳥がスケジュール帳を見ていると、約束の時間丁度に羽鳥の前に人が立った。
これからだ…
羽鳥は気を引き締める。
「あの、羽鳥さん、お待たせしてすみません」
羽鳥は思わず手にしていたスケジュール帳をテーブルに落とした。
羽鳥さん!?
柳瀬とは15年来の付き合いになるが、呼び捨て以外で呼ばれたことなど無い!!
お待たせしてすみません!?
時間丁度に来た柳瀬の口から、そんな謙虚な言葉も、聞いたことは無い!!
羽鳥が恐る恐る顔を上げると、そこには小野寺が立っていた。
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