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第1―9話

「ゆ、雪名…」 「はいっ!」 「こ、声がデカイ! 早く座れ」 「はい」 雪名が小声で答えて木佐の横に座ると、柳瀬が立ち上がった。 「柳瀬くん?」 「小野寺さん、上手くいったみたいだし。 羽鳥見ててもムカつくだけなんで、帰ります」 「あ、あ…そう…うん」 「じゃあまた」 柳瀬は木佐に言うだけ言うと、雪名に小さくお辞儀をし、雪名もお辞儀を返すと、猫のような身軽さで、すっと店を出て行った。 木佐がフウッと息を吐く。 あの子もホント千秋ちゃんにしか興味無いよなー。 千秋ちゃんは自分を『何処にでもいる平凡な男』だと思ってるけど、一千万部作家じゃなくたって、羽鳥と柳瀬くんは千秋ちゃんにベタ惚れなのは確実だよなー。 それにあの京極さんまで跪かせて!! 京極さんは『吉川千春』を敬愛してる分を差し引いても、千秋ちゃんはドストライクだろ~しな~。 怖い…!あーゆー無自覚愛され系…!! 木佐が柳瀬の態度から、なぜか吉野の魅力にボーッと思いを馳せていると、いつの間にか雪名は木佐の隣りから、木佐の正面の席に移ってコーヒーカップを手にしていた。 「雪名、お前いつの間に…」 「木佐さん、考え事してるみたいだったから。 邪魔しちゃ悪いかなって」 「雪名…」 ズッキューン。 伏し目がちな雪名のキラキラした表情に木佐のハートが撃ち抜かれる。 木佐が顔を赤くして雪名にウットリと見とれていると、急に雪名が真面目な顔をして、カップをソーサーに置いた。 「雪名…?」 「さっきの男の人、誰ですか? 同僚…って感じじゃなかったですよね?」 「あ!ああ、柳瀬くんな! 柳瀬くんはプロアシなんだよ」 「プロアシ?」 「漫画のプロのアシスタント。 柳瀬くんは伝説のプロアシって言われてるくらい凄い腕前なんだぜ」 「……そのプロアシの柳瀬さんと、木佐さんは、どうして一緒にいるんですか?」 「あ、えーとそれは…」 木佐は一瞬、雪名には本当の事を話してもいいかな、と思った。 だが、ブックスまりもには羽鳥も仕事で出入りしてるし、勿論羽鳥と雪名は面識もある。 面識があるどころか、サイン会などで一緒に仕事だってしているのだ。 この季節、世間のみならず少女漫画の世界もバレンタインデー一色だ。 羽鳥と雪名が顔を合わせれば、必ずバレンタインデーの話が出るだろう。 そしてお互いのプライベートのバレンタインの話になったら…? その時、話が食い違っていたら…? ゾゾーッ。 木佐の背中に悪寒が走る。 ヤバイヤバイヤバイ!! 雪名はまだ何とかなるが、羽鳥に俺達が一致団結して嘘を吐いているとなると、千秋ちゃんバカの羽鳥の怒りは柳瀬くんと律っちゃんと俺に向かってしまう!! 曰く、「柳瀬にそそのかされたんだろう? 柳瀬は昔から世界一嫌なヤツなんだ。 吉野、可哀相に…。 柳瀬!お前ってヤツは…!!」 ボコボコボコ。 曰く、「小野寺相手じゃ吉野は見抜けないよな。 俺も騙されたくらいなんだから。 吉野、可哀相に…。 小野寺!お前ってヤツは…!!」 ビシビシビシ。 曰く、「木佐が親玉だったんだろう? 小悪魔どころか悪魔の木佐にしたら、吉野なんて赤子の手を捻るも同然だ。 吉野、可哀相に…。 木佐!お前ってヤツは…!! 歯を食いしばれーーー!!」 ボコビシボコビシボコビシ。 ひー!!こうなるのは必然!! しかも妄想の中でも俺が一番吊し上げられてるし!! 駄目だ。 ハッピーバレンタインを迎える為にも、ここは雪名にも脚本通り…。 黙ってしまった木佐を心配そうに見つめている雪名。 その美しい顔にかけて木佐は誓う。 雪名、最高のバレンタインデーにするからな!! ちょっとの嘘なんて恋のスパイス!! 終わり良ければ全て良し!! 「雪名、実は…」 木佐は小野寺が羽鳥に話した内容と同じ話を雪名にしたのだった。 木佐が雪名に事情を説明している途中、羽鳥と小野寺が笑顔で店を出て行って、木佐はホッとして、雪名への話に熱が入る。 雪名も真剣に聞いている。 雪名は木佐の話が終わると、頬を赤く染めて「……うれしいっす」と一言言った。 雪名がガシッと木佐の両手を握る。 「それで木佐さん、今年は自分がバレンタインデーのプレゼントしたいから、俺に用意するなって言ってくれたんすね…」 「まあな…」 そこは真実なので木佐はぶわわっと赤くなってしまう。 「でも、木佐さん仕事超忙しいし、無理はしないで下さいね!」 木佐を思いやる雪名のイケメンのことと言ったら!! キラキラキラキラ。 ズッキューン。 心臓がもたん…… その後、木佐と雪名はせっかく会えたんだし、まだ時間も早いからと、一緒に夕食を食べに出掛かけたのだった。 「あれ?トリ、今日来れないじゃなかったっけ?」 突然リビングに現れた羽鳥を、目を点にして吉野が見上げる。 吉野は、小野寺から羽鳥との話は、打ち合わせ通り上手く行ったとLINEでグループトークがあり、それを見守っていた柳瀬と木佐からも大丈夫そうだったとトークがあったので安心しきっていた。 でも…何だろう… 小野寺さんとの話の後に急に来るなんて、小野寺さんと別れてから疑問点が浮かんたとか!? ドギマギする吉野をよそに、羽鳥はソファにドカッとビジネスバッグを置くと、マフラーと手袋を取り、コートを脱ぐとまとめて床に投げつけた。 「ト、トリ…?どうし…」 「…吉野!」 羽鳥はまるでタックルするように吉野をソファに押し倒したかと思うと、あっという間に吉野のパジャマと下着を剥ぎ取り、吉野を素っ裸にしてしまう。 羽鳥の余りの勢いにパジャマの釦が飛ぶ。 「トリ…やめ…なにして…」 「お前がいけないんだからな」 「…は?」 ぎゅっと抱きしめられて、吉野の胸に不安が走る。 お前がいけない…? やっぱり何か疑問が…!? 恐る恐る吉野が羽鳥を見上げる。 羽鳥の目は猛獣のような野生を帯び、欲情で濡れている。 「千秋…かわいい、俺だけの千秋…。 今夜は好きなだけイカせてやるからな」 吉野がサーッと青ざめる。 小野寺の話を聞いた羽鳥のスイッチが押されたのを知る。 羽鳥は吉野の胸の突起を舐め回しながら、吉野の雄に手を這わす。 「そうだな…。 まずはフェラで出せるだけ出してみるか? 千秋はフェラはいつもイヤ、イヤ言うけど、本当は大好きなんだよな。 いい、何も言うな。 千秋のことなら俺は何でも分かってるんだから。 それからじっくり後ろでイカせてやるから。 その後は…」 アワアワアワ…。 ウットリと酔いしれるように勝手にセックスのプランをベラベラ話す羽鳥に、吉野は二の句が告げない。 「千秋…好きだっ…!」 羽鳥が吉野の唇を荒々しく塞いだ。

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