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第1―11話

木佐と小野寺がモニターの前で固まる。 羽鳥は返事が無いことに不審な顔をしている。 高野は無表情だ。 最初に口を開いたのは小野寺だった。 「ききき木佐さん、どうしましょう~!?」 羽鳥と高野が吉野のマンションになぜ来たのかは分からないが、羽鳥を今、部屋に上げることは出来ない。 なぜならバスルームでは、吉野は裸同然で、京極と柳瀬にオイルマッサージをされているのだ。 それを羽鳥が知ったら…? 「……吉野じゃないな? 誰だ、お前。 それに木佐がいるのか?」 流石、高級マンション。 羽鳥の鋭い眼差しと、地を這うような低い声をモニター越しにハッキリと伝えてくる。 木佐は小野寺に「律っちゃん!バスルームに行って状況を説明してきて!」と早口で囁く。 小野寺は返事もせずにバスルームへと走る。 「あーそう、俺木佐。 さっき出たのは律っちゃん。 今、ロック解除するから」 木佐は何とか平静を装い、解除ボタンを押す。 次の瞬間、木佐は頭を抱えてしゃがみこむ。 どうしよう、どうしよう、どうしようーーー!! いや、待てよ。 千秋ちゃんの身体が動かないのは、羽鳥が一番解っている筈だ。 だから千秋ちゃんちで、京極さんが親切にも教室を開いてくれたと言えば納得するだろう!! 後はオイルマッサージさえ誤魔化せば…! 木佐がそこまで考えた時、二度目のインターフォンが鳴った。 木佐は素早く玄関の扉を開ける。 そこには仏頂面の羽鳥と、やはり無表情の高野がいた。 「こ、こんばんは~」 木佐の精一杯の笑顔を無視して、羽鳥は客用のスリッパを高野の前へ置き、自分は自分専用のスリッパに足を突っ込む。 「は、羽鳥と高野さんまで、どうしたの?」 羽鳥がギロッと木佐を睨む。 「それより吉野は何処だ?」 羽鳥はそう言いながら歩みを止めない。 その後を木佐と高野が続く。 羽鳥は廊下とリビングを隔てるドアを開け、ズカズカとリビングに入ると部屋を見渡す。 小野寺の「羽鳥さんとなぜか高野さんが来てるんですー!!早く出て下さい!早く早く!」と焦る声が脱衣場から響いている。 羽鳥は迷うこと無く脱衣場に向かう。 と、きちんと洋服を着た柳瀬と羽鳥がかち合う。 「何しにきたんだよ?」 柳瀬は濡れた髪もそのままに、羽鳥にぶっきらぼうに問いかける。 「お前こそ、何してる?」 羽鳥の声も氷のように冷たい。 「千秋は誰かさんのせいで、身体が動かない。 だから京極さんと木佐さんと小野寺さんと俺が、千秋のマンションに来たんだよ。 バレンタインデーまでに日にちが無いからな」 羽鳥が鼻で笑う。 「バレンタインデーのレッスンの為に風呂に入るのか? 吉野は何をしてる?」 「マッサージだよ」 「マッサージ?」 羽鳥の片眉がピクリと上がる。 「いいか、羽鳥」 柳瀬が鋭く言う。 「千秋がお前の為に、バレンタインの企画を進めてるのを分かってるよな? これから何を見ても、バレンタインデーのことには絶対触れるなよ」 「……分かってる」 羽鳥が短く答えて、部屋に沈黙が訪れる。 5分もしただろうか、 「トリ、高野さん。待たせてごめん!」 と吉野の明るい声がした。 皆、いっせいに吉野に目をやる。 吉野はベビーピンクのバスローブを着ている。 見るからに高級品だと分かる。 羽鳥にはこの家に無いことも。 吉野の後ろには190はある長身の男が立っている。 その男は渋い紺色のバスローブを着ている。 こちらも一目で高級品と分かる品だ。 シンプルで渋い紺色が、却ってその男の美貌を際立たせている。 その男は「まだ髪が濡れてます」と言いながら、吉野の髪を丁寧に拭いてやっている。 そして羽鳥に向かってにっこり笑った。 完璧な笑顔だ。美しい。 羽鳥も漫画のドラマ化などで俳優や芸能人に会う機会も少なくないが、これ程の美貌の男に会うのは初めてだった。 「千秋ちゃんの担当編集の羽鳥芳雪さんですよね? 初めまして。 京極遼一と申します」 良く通る美声。 羽鳥は返事が出来なかった。 京極は気にすること無く、続ける。 「千秋ちゃんが筋肉痛が酷くて動けないので、今バスルームでオイルマッサージをしていたんです。 初めてお会いしたのに、こんな格好ですみません」 「そう! 京極さんスッゲマッサージ上手いんだぜ! 優も手伝ってくれて…」 羽鳥はバッと吉野に近づくと、吉野の手首を掴んだ。 「トリ…?」 吉野は不思議そうに羽鳥を見上げている。 その無垢な黒い大きな瞳。 羽鳥は吉野の手首を掴んだまま、走り出す。 吉野の足がもつれる。 「羽鳥さん!千秋ちゃんは走れません!」 京極の大声を羽鳥は無視して、吉野を抱き上げると寝室に入って行った。 木佐と小野寺はリビングの隅で真っ青になり震えていた。 ひーえー!! 修羅場だよ! よりにもよって、会社の同僚の修羅場に巻き込まれてるー!! 吉野に京極と柳瀬がオイルマッサージをしたことはバレてしまうし…! 羽鳥には吉野の為にバレンタインデーのことは知らない振りをしてくれと言って納得してしてもらった手前、これ以上話せることも無いし…! 怯える二人の元に柳瀬がやってくる。 髪を乾かしたらしく、色素の薄いフワリとした髪が揺れている。 「木佐さんも小野寺さんも、弁当食べちゃって下さい。 片付かないんで」 「べ、弁当ってこんな時に…」 木佐が戸惑って言うと、柳瀬は笑った。 「千秋なら大丈夫。 羽鳥は絶対千秋に勝てないから。 せっかく集まったんだし、京極さんに少しでも習えることは習いましょうよ」 「…そうだね。 よし!律っちゃん食べよう!」 「は、はい。でも…」 「ん?」 「何で高野さんが居るんでしょうか? 練習するまでに帰ってくれるんでしょうか…?」 それもあったか…。 木佐はガックリと肩を落とすと、取り敢えず小野寺を引き摺ってダイニングテーブルに向かった。

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