14 / 34

第1―14話

羽鳥は黙って自分のデスクに戻ると、手帳とパソコンを照らし合わせ、高野の元に二日間の日付の書かれたメモを置いた。 「その二日なら、吉野の予定は空いています」 高野はメモに目を落とすと淡々と言った。 「そうか、分かった。 吉野さんはその二日のどちらかに取材に出掛ける。 お前は同行しなくていい。 通常通り仕事を進めろ」 羽鳥も淡々と訊く。 「では吉野の付き添いは誰が? 高野さんですか?」 「いや。今回はアシスタントの柳瀬くんに頼む」 「柳瀬に頼むくらいなら…俺が。 それに柳瀬の予定が空いているかどうか」 「柳瀬くんが駄目だったら、木佐か小野寺に行かせる」 高野と羽鳥のやり取りを見守っていた木佐と小野寺は、突然自分達の名前が出てビクッと身体を震わせ青ざめる。 羽鳥の拳が震える。 「俺は…そんなに吉野の…吉川先生の役に立ちませんか?」 「そういう事じゃない。 今回の取材はお前は関係ないというだけだ」 羽鳥がフッと笑う。 「その取材が吉野の漫画のネタになるのに、担当編集の俺が関係ないんですか」 「取材なんて誰が付き添っても同じだろう。 この話はこれで終わりだ。 それにこれは編集長命令じゃない。 社長命令だ。 分かったら仕事に戻れ」 羽鳥が自分のデスクに戻り、仕事を再開する。 その顔は青白く無表情だ。 本当の怒りは赤く燃えないことを、羽鳥は身を持って知った。 終業後の休憩室。 木佐と小野寺が頭を抱えている。 結局、吉野の付き添いには柳瀬が決まった。 「もうさ…柳瀬くんと俺と律っちゃんの名前が出て、社長命令って言われたら、まだ取材に同行する人がいるって言ってるようなもんじゃん…」 「……京極さんですよね」 二人のため息が重なる。 「羽鳥も絶対気付いたよね…」 「俺達が気付くくらいですからね…」 ハーッ。 一段落と深くなるため息。 が、小野寺がハッとしたように顔を上げた。 「でも何でバレンタインデーのことだって言わないんでしょうか? 羽鳥さんにはもうバレてるし、バレンタインデー絡みなら羽鳥さんも納得すると思うんですけど」 「だからさ~」 木佐も頬杖をついて顔を上げる。 「もうバレンタインは関係ないんだよ」 「は?」 「つまり取材という名目のデート! 京極さん、千秋ちゃんをミューズだ憧れだって言ってるけど、実際千秋ちゃんと一緒に過ごして本気で好きになっちゃったんだよ。 でも羽鳥の手前二人きりで行かせる訳にもいかないし、千秋ちゃんも大分京極さんに馴れてきたけど、たまに人見知り発揮するし。 それで親友の柳瀬くんに白羽の矢がたったんじゃないの? で、次点が俺達」 「そ、それって…かなりまずくないですか!?」 「超まずいよー。 俺達はハッピーバレンタインを迎えたいだけなのに、どうして毎度同僚の修羅場に巻き込まれなきゃなんないんだよー」 「そういう愚痴はお前のキラキラ王子様に聞いてもらえ。 小野寺、帰るぞ」 突然頭上から降ってきた高野の声に、木佐と小野寺がガバッと上を向く。 小野寺は反撃どころか、何も言葉に出来ないまま、アワアワと高野に引き摺られて行く。 律っちゃん、お気の毒に… そうして高野と小野寺の姿が見えなくなり、木佐も帰ろうと立ち上がった。 その時。 『そういう愚痴はお前のキラキラ王子様に聞いてもらえ』 高野の言葉が木佐の頭を過った。 そうだ! もう羽鳥にはバレンタインデーのことはバレてるんだから、雪名に愚痴ぐらい話したって問題ない! あの時は雪名にも千秋ちゃんが羽鳥の為に教室に通ってることは、知らないフリをしてくれって言っといたけど、それももう意味無いし! 木佐はいそいそとスマホをタップするのだった。 高野と小野寺の帰り道。 いつも通り弾まない会話。 それに今日の高野は殆ど喋らない。 気まずい… マンションの最寄り駅からの坂道で小野寺がそう思った時、前を歩いていた高野が振り向いた。 「軽蔑した?」 「え?」 「昼間、羽鳥に言ったこと」 「い、いえ…そんな軽蔑なんて、してないです…」 「恋って難しいよなー」 高野が小野寺を抱き寄せる。 「ちょっ…高野さん!ここ外ですよ!」 「誰も傷つかない恋ってねーのかな」 「高野さん…?」 「好きな人を喜ばせようとして傷つける。 管理職なんかなるモンじゃねーな。 あっちでこっちで板挟みだ」 高野がぎゅっと小野寺を抱きしめる。 小野寺が小さく呟く。 「カッコいいですよ、高野さん」 「……」 「そ、そうやって頑張る高野さん…カッコいい…です」 「…サンキュ」 高野が小野寺の髪に顔を埋める。 「もうちょっと充電させて」 「…はい」 月も無い夜。 北風に吹かれながら、二人はただ黙って抱きしめ合っていた。

ともだちにシェアしよう!