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第1―22話
バレンタインデーまで後4日。
木佐と小野寺は定時に出勤した。
羽鳥も普段通り定時に出勤していたが、いつもはフレックスの木佐と小野寺に驚くことも無く「おはよう」とだけ言った。
木佐と小野寺はそれこそ鬼神の如くバリバリと仕事をこなし、高野から13時から2時間の休憩時間をもぎ取った。
昼食は丸川書店から徒歩10分のビストロ。
駅からも丸川からも微妙に離れているので、昼時でも並ばす入店出来るし、12時の昼休憩からは時間をずらしたので、そう慌てず長居も出来るだろう。
待ち合わせは13時15分。
木佐と小野寺は5分前には店に着いていた。
そして時間丁度に柳瀬がやって来た。
木佐と小野寺は本当は今夜ゆっくり食事でもしながら柳瀬と話したかったのだが、柳瀬は夕方から少年誌のアシスタントが入っているということで、この時間になった。
三人はランチコースを注文すると、木佐が今まであったことを順序よく説明していく。
そして最後に
「あの取材がどうして決まったか。
千秋ちゃんの取材の目的って何だったのか教えてくれないかな?」
と締め括った。
柳瀬は猫のようなアーモンド形の瞳で木佐と小野寺を見ると、静かに言った。
「答えはもう出てるじゃないですか」
「え!?」
木佐と小野寺が身を乗り出す。
「井坂さんが言いましたよね?
千秋は誰にも知られたくないんです」
「柳瀬く~ん!」
木佐が頭を抱える。
「それじゃあ話が元に戻っちゃうじゃん!
羽鳥と千秋ちゃんが別れてもいいの!?」
「いいですよ」
「や、柳瀬くん!?」
小野寺が青ざめる。
柳瀬がフフッと笑う。
「と、言いたいところだけど、あの二人に別れる理由が無いでしょ?
千秋は羽鳥なんかの為に一生懸命バレンタインデーのプレゼントの準備して。
俺には羽鳥の思考の方が信じられないな。
千秋の態度はいつもと変わらないのに、勝手に妄想膨らませて、別れるだの何だの会社の人達の前で泣いたり喚いたり。
みっともねー。
羽鳥は彼氏の余裕でどんと構えて、バレンタインデーを待てばいいんですよ」
「で、でも京極さんの存在もあるし…」
ポツリと言う木佐に柳瀬がため息を吐く。
「そりゃあ事情を知らなかったら不安になるかもしれませんよ?
でも羽鳥はもう京極さんが千秋の熱狂的ファンでバレンタインの教室の先生だって知ってる。
木佐さんや小野寺さんだって、京極さんと千秋の間に恋愛感情なんか無いって見て分かりますよね?
羽鳥だって千秋の家で一度京極さんに会ってる。
その時、フツーに分かるでしょ?
羽鳥だってあの時、納得してた。
俺の羽鳥の大嫌いなところはね、そういうところなんです」
「え…」
木佐と小野寺が戸惑う。
「千秋を縛り付けてるくせに信用してない。
自分の勝手な妄想で不安になって、千秋を問い詰めるか、千秋の気を引こうとする。
今の羽鳥の状態を話したら?
やさしくて馬鹿な千秋は、羽鳥の元にすっ飛んで行って慰める。
羽鳥の計算通りのハッピーエンド。
本当に嫌な奴だよ」
吐き捨てるように言う柳瀬に、木佐は呆気に取られて言葉が出ない。
その時。
小野寺が小さく言った。
「勝手に妄想膨らませて何が悪いんですか…?」
「律っちゃん?」
「みっともないのの何が悪いんですか?
信用しないのの何が悪いんですか?
不安になるのの何が悪いんですか?」
「り、律っちゃん…落ち着いて…」
段々と勢いを増す小野寺に、木佐が慌てて宥める。
柳瀬はピクリとも表情を動かさず、冷静な目で小野寺を見ている。
「人を好きになったら…!
その人に恋したら、誰だって小さいことで不安になったりします!
信用して無いんじゃなくて、自分に自信が無いから、勝手に妄想膨らませて相手を疑ってしまう!
みっともなくたっていいじゃないですか!
みっともなくなってしまうくらいその人が好きなんです!
は、羽鳥さんはっ…我を忘れるくらい、よ、吉野さんが好きなんですっ!
分かって、あ、あげて下さい…っ…!」
後半真っ赤な顔で涙目で必死に言う小野寺の肩を木佐が抱く。
「律っちゃーん…」
そう言う木佐も涙目だ。
柳瀬がフウッと息を吐く。
「あのさあ、千秋は羽鳥の為に取材の内容を秘密にしてるワケ。
分かる?
大事なことだから二回言うけど、羽鳥の為に秘密にしてんの。
羽鳥に喜んでもらいたいから。
京極さんは先生として取材に付き合ってくれただけ。
別にいいよ?
あんた方に話しても。
でも聞いたからって、じゃあ即羽鳥に報告って出来ないと思うよ?
逆にあんなに楽しみにして頑張ってる千秋の気持ちを踏みにじることになるから」
「ふ…踏みにじる…?」
突然出てきた物騒な言葉に、木佐と小野寺の涙が瞬時に引っ込む。
だが木佐と小野寺は頷き合うと「教えて下さい」と柳瀬に言った。
そこから先は話し声が小さくなり、パーテーションで仕切られた後ろの席には聞こえない。
「もう泣くなよ、隆史」
桐嶋が横澤の頭をくしゃっと撫でる。
「お、小野寺の奴…」
「うん」
「良いこと…い、言うなって…」
「そうだな」
桐嶋はウェイターを呼ぶとおしぼりを持ってこさせた。
「ほら、これで少し目元を押さえろ。
ハンカチで擦ったら真っ赤っかになっちまう」
「…すまん」
横澤が桐嶋からおしぼりを受け取ると、桐嶋が言った。
「さて、じゃあ俺は隆史から教えてもらうかな」
「…へ?」
横澤がキョトンとしていると、桐嶋が横澤の頬をつついた。
「俺に話したいことがあるんだろう?」
「き、桐嶋さん…!」
桐嶋は男前オーラ満載で微笑むと
「まずはおしぼりを使え」
と言って、横澤の手ごとおしぼりを横澤の目元に押し付けた。
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