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第1―23話
バレンタインデーまで後3日。
柳瀬の予言通り、木佐と小野寺は羽鳥に話せないでいた。
昨夜、木佐は雪名に、小野寺は高野に相談の電話をしたが、二人共「話さないのが吉野さんの為」という結論に落ち着いた。
羽鳥は今、可哀想な状態にあるが、それもあと3日の辛抱だ。
羽鳥を全く疑わず、バレンタインデーが来るのを楽しみに頑張っている吉野がいじらしくて、木佐達は羽鳥に我慢してくれることを選んだ。
ただ問題がひとつある。
果たして今の羽鳥がバレンタインデーに吉野に会うだろうか?
「まあ会わねーつったら力づくでも会わせるしかねーよな」
と物騒な事をサラッと言っていた高野の方法しかないかなあ…と木佐と小野寺は悩むのだった。
そんな午後、フラリと井坂がエメラルド編集部にやって来た。
「今日もエメ編は良く働いてるなー。よしよし!」
井坂は高野のデスクの前に立つと「ちょっと集まれー」と言う。
仕方なく羽鳥、美濃、木佐、小野寺が高野のデスクに集まる。
「ファッション雑誌のモデルでもおかしく無いって評判のお前らに相談があんだよ」
「何ですか?」
高野がため息混じりに言う。
「これこれ!」
井坂が取り出したのはフランスとイタリアの超一流ブランドの春夏物のメンズのカタログだ。
「今、二つに絞ったんだけどさー朝比奈のやつが一点しかオーダーすんなっつーからさ~。
どっちが良いと思う?」
井坂が付箋の付いたページを開く。
そこにはスーツ姿のモデルが写っている。
「わーカッコいいじゃん!!」
「流石超一流ブランドですね!」
木佐と小野寺が仕事の邪魔をされたのを忘れて、わくわくとページを覗き込む。
「高野はどう思う?」
「こっちですかね」
井坂に訊かれて、高野がテキトーに指をさす。
「全くお前はアテになんねーな。
羽鳥、お前はいつもスーツだし、どっちが良いと思う?」
皆の視線が羽鳥に注がれる。
羽鳥は何故かカタログを見つめて固まっている。
井坂がニンマリ笑う。
「羽鳥?どうかした?」
木佐が羽鳥の顔を見上げる。
「……さん」
「え?」
「きょ、京極さんですよね…このモデル…」
羽鳥の震える声に、エメ編全員がカタログを凝視する。
「あっ!メイクしてるけど、本当に京極さんだ!」
まず木佐が気付き、小野寺も続く。
「京極さん本人ですよ!!
え!?
でもどうして!?」
高野も目を見開いて、カタログを見つめて頷いている。
美濃は微笑みを微動だにしない。
井坂が慌てて言う。
「木佐!小野寺!声がデケーよ!
遼一は『RYO』つー名前で国籍不明の設定でモデルやってんだからな!
パリやミラノの一流ブランドのコレクションに出るトップモデルよ。
それにブランドのカタログの専属モデルや、ブランドCMは勿論、洋服に関係無くヨーロッパ中心にCMにも出たりしてるけどな」
「凄い人だったんだ京極さん…」
ポーッと顔を赤くしてカタログに見とれている木佐に、小野寺がアワアワと詰め寄る。
「木佐さん!しっかりして下さい!
それより何でそんなトップモデルが、俺達に教えてくれるようなことが出来るかですよ!」
「おー七光り、今日は鋭いじゃん」
井坂が楽しそうに小野寺の肩を叩く。
「遼一の凄いところはそれだけじゃないんだな。
あいつ、スィーツ好きが高じてパリとオーストリアに洋菓子店やってんだよ。
チョコレート専門のな。
勿論オーナーでパティシエだ。
まあモデルの仕事が忙しいから、普段は従業員に任せてるけどな。
お菓子の本場のパリとオーストリアだぜ?
スゲー度胸だよなあ。
流石、俺の親戚!」
井坂は意味ありげに笑うと、
「木佐と小野寺は知ってるだろうけど、チョコも普通とは違う。
バレンタインデーが近いからこれ以上は秘密だな!」
「……それでかっぱ橋にいたんだ」
木佐がポツリと呟く。
「お!木佐も鋭いじゃねーか。
そう。せっかく日本に帰国したんだし、かっぱ橋で調理器具を見てみたいって言い出したんだよ。
かっぱ橋は今や世界的に有名だからな。
それで1月の半ばに俺と朝比奈で遼一をかっぱ橋に連れてった。
確か木佐は、担当作家がホワイトデーのネタで肉まんをプレゼントするとかで、作家に頼まれて資料集めにかっぱ橋に行ったんだったよな?
七光りはかっぱ橋に行ったことが無かったから、今後の参考の為に木佐に付いて行った。
そして吉野さんは…」
「吉野は…」
井坂の言葉を羽鳥が遮る。
「柳瀬と洋服を買いに行った帰りに、時間があったから、気まぐれに行ったことの無いかっぱ橋に行った…。
ホワイトデーのネタに詰まっていて…」
「そうだ、羽鳥。
その時の事を吉野さんは何か言って無かったか?」
井坂がやさしく訊く。
「…脚立に乗って上の方の物を見ようとして、バランスを崩して脚立から落ちそうになって、同じ店にいた客に助けてもらったって…」
「それが遼一なんだよ」
羽鳥がパッと顔を上げた。
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